2016年09月19日

【ミライの授業】滝本哲史



ガイダンス きみたちはなぜ学ぶのか?
1時限目 世界を変える旅は「違和感」からはじまる
2時限目 冒険には「地図」が必要だ
3時限目 一行の「ルール」が世界を変える
4時限目 すべての冒険には「影の主役」がいる
5時限目 ミライは「逆風」の向こうにある

 著者は京都大学の准教授。これまでに『僕は君たちに武器を配りたい』『君に友だちはいらない』を読んでいるが、いずれも内容、テイストともに気に入っている。この本は、14歳の中学生向けに書かれている。だからといって大人が読んで悪いということでもないだろう。そう思って手にした本である。

 内容は、といえば、やはり14歳向け。冒頭から世の中の変化を説明する。かつてもてはやされた「メイド・イン・ジャパン」は、今やユニクロにも見られる通り、「メイド・イン・世界」となっている。そして世界全体で「人件費が安い」人が選ばれ、それはいずれロボットに代替されていく。しかし、「未来をつくる人」はロボットに置き換えられない。だから「未来をつくる人」になろうと呼びかける。

 学校では何を学ぶのか、どうして勉強をしなくてはいけないのだろうか。著者は、勉強とは「魔法の基礎」だと説明する。かつて机の上を占拠していた電話やカレンダーや時計、国語辞典や英和辞典、漫画や本やゲーム等々、今やそれはスマホ一台に収まっている。これが魔法でなくて何なのかと言うが、確かにその通り。そしてそれらの魔法を生み出した過去の偉人たちを紹介していく。

 万有引力の法則で有名なニュートンは微積分を発明している。中学生の頃の成績は学年で下から2番目。中学生の頃の成績は関係ないという証拠。そして「知は力なり」のベーコンからは、「観察と実験」の大切さを学ぶことができる。さらに人間は4つの「思い込み」(「人間の思い込み」「個人の思い込み」「言葉の思い込み」「権威の思い込み」)に支配されており、そこからの脱却を勧める。自分の中に生じた小さな「違和感」を掘り下げ、常識を疑い、嘘を見破る。ただし、「人」を疑うのではなく、「コト」を疑う。

 戦場の兵士たちを救い、世界の医療・福祉制度を変えていったのは、「看護師としてのナイチンゲール」ではなく、「統計学者としてのナイチンゲール」だったという話は面白い。「事実」の持つ力とそれを追求する重要性がよくわかる。この「事実」を拾えなかったため、森鴎外は医者としてではなく、文学者として記憶される事になったというのも面白い。コペルニクスの世紀の発見も、詳細な観測データという事実が元になっている。大人でも重視しなければいけないところであろう。

 冒険には地図が必要だとするが、ここでいう「地図」とは「目的地」とか「狙い」とでも言えるだろうか。日本人ノーベル賞学者大村智やビル・ゲイツは、仮説を立て、自分の描いた目的地に向けて努力して成功する。そしてその仮説は、「空白地帯」である方が良い。この本での扱いは違うものの、ファッションのココ・シャネルも同じだと思える。このあたりは、子供達にとって良い刺激になるかもしれない。

 『ハリー・ポッター』シリーズの作者JKローリングは、小説家になるという自分の夢を最後まで諦めず、栄光を手にする。そしてそれを見出したのは、出版社社長の8歳になる娘だったという事実も面白い。それ以前に原稿を持ち込まれた12の出版社は、大ベストセラーを出版するチャンスを手にしながら、それまでの常識にとらわれて出版を断ってしまっていたのである。これは、「偏見」という常識に凝り固まった大人達こそ意識しないといけないことだろう。

 結局、14歳向けと言いながら、大人にとっても示唆に富む内容である。過去の偉人達と自分の境遇を比べ、いつの間にか偉人達の打ち破ってきた「壁」に自分たちがなっていないか。胸に手を当てて考えてみる必要がある。いつの間にか「古いパラダイムの住人」になってはいないか、我が身を省みてみないといけない。子供達に背中で語れるような大人であるためには、そんな意識も持っていたいと思わせられる。

 著者の本からは、いろいろと学ぶことが多い。これからもまた、意識して読んでいきたいと思うところである。次は我が家の子供達に読ませたい一冊である・・・


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2016年08月31日

【幸せになる勇気】岸見一郎



第一部 悪いあの人かわいそうなわたし
第二部 なぜ「賞罰」を否定するのか
第三部 競争原理から協力原理へ
第四部 与えよ、されば与えられん
第五部 愛する人生を選べ

 この本に先立つ、『嫌われる勇気』を読んで興味を抱いたこともあり、その続編たる本書を手にした次第。正直言って、前著ではアドラーの考え方について判断のつかないところもあり、もう少し知りたいと思ったところである。そしてその目的は、この本を読むことによって概ね達せられたと思う。

 物語は、またもや前著で出てきた青年と哲人との対話形式で進む。前著で哲人によってアドラーの考え方に魅了された青年は、その後教育者となる。ところが子供たちを相手とする現実の日常で、アドラーの考え方がうまくいかず、悩んだ青年がアドラーとの決別を宣言しに哲人の元を訪れるところから始まる。

 青年は、「褒めることも叱ることもしない」アドラーの教育に限界を感じてやってきたのであるが、哲人は「誤ったアドラー像を捨て、本当のアドラーを知るべき」と青年を諭し、議論が始まる。教育の目標はズバリ「自立」。しかも介入ではなく、「自立」に向けた「援助」だとする。そして哲人は青年に「子どもたちに対して尊敬の念を持つ」ことを勧める。その根源にあるのは「人間への尊敬」であり、その第一歩として青年に「他者の関心事に関心を寄せよ」と説く。

 学級は民主社会であり、その主権者は教師ではなく生徒であるとする。生徒を怒ることと叱ることは同義であり、怒りとは人と人を引き離す感情だとする。子どもたちの決断を尊重し、その決断を援助する、そしていつでも援助する用意があることを伝え、近すぎない援助できる距離で見守るとする。なんだかわかったようなわからないような説明である。

 こうして、主として教育論から入り、それが展開されていく。そして前半で説かれた自立とは「わたしの価値を自らが決定すること」であるとし、話題は「愛」へと続く。「愛」とは他者を愛する技術であり、「ふたりで幸福なる生を成し遂げる課題」だとする。「わたし」ではなく、「わたしたち」の幸せを築きあげることが愛であり、結局、自立とは「わたし」からの脱却であるとする。

 こうして人生の主語が「わたし」から「わたしたち」へと変わり、それがやがて共同体全体に、そして人類にまでその範囲を広げていくとする。前著で登場した「共同体感覚」がここでも登場する。読めばもちろん、意味はわかるものの、その本質が理解できたかというとそれは心もとない。正直言ってよく分からないといったところである。抽象的すぎて具体的にイメージできないのである。

 アドラーとの決別を決意して哲人の元を訪れた青年は、議論の挙句、納得・感動して哲人との会話を終える。しかし、二人の議論を読んでいて、ちっとも理解できない。本当に青年はこれで理解できたのであろうかと思わざるを得ない。またすぐに限界を感じて哲人の元に乗り込んでくるのかもしれない。現にこの本に続く第3弾が出ているようでもある。その内容については、全く知らないし、もはや知りたいとも思わない。もうアドラーはいいかなというのが正直なところである。

 あえてアドラーを批判するつもりはないが、よくわからないしわかりたくもない。興味はもはやここまでということで、私も物語の最初の青年のごとくアドラーとは決別したいと思うのである・・・


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2016年08月12日

【家族という病】下重暁子



序 章 ほんとうはみな家族のことを知らない 
第1章 家族は、むずかしい
第2章 家族という病
第3章 家族を知る
第4章 旅立った家族に手紙を書くということ

「家族」と聞くと、そのイメージは「幸せ」だろうと思う。そして「病」のそれは「不幸せ」だろう。そんな正反対のイメージを持つ言葉が重なり合うと、なんだか違和感を覚えるが、実は自分自身、思うところあって手にした一冊。もちろん、ベストセラーになっているという興味もあったのは事実である。

日本人は家族を盲信しているが、実は家族間でもかなり事件は起こっている。家族だから問題が起こらないというのは間違いで、「家族だから」問題が起こるということもある。冒頭からそんな覚めた意見が出てくるが、著者はもともと父母と折り合いが悪かったらしく、異母兄ともそれほど親しくなかったようである。「つれあい」と呼ぶ夫との間に子供は作らなかったそうで、そんな背景もこの本の根底に影響を与えていると思われる。

著者の考えは実に冷ややかな感じがする。
・子離れができない親は見苦しい
・仲の悪い家族の中でも子はまっとうに育つ
・大人にとってのいい子はろくな人間にならない
・夫や妻への不満は、あれをして欲しいこれをして欲しい、それなのに何もしてくれないということ
・夫婦でも理解し合えることはない
・結婚ぐらいストレスになるものはない

どっぷりと家族に浸かっていると気がつかないことだろうが、もともと愛ある家庭に育っていないからこそ、冷ややかに見つめられる真実なのかもしれないと思う。言っていることは、確かにその通りである部分もあるだろう。

最近では女性の社会進出が後押しされており、それに関する問題も噴出している。しかし著者は、「国は女性の生き方について口をはさむ前に社会環境を整えるだけで十分」とする。あとは「女の選択に任せるべき」と。その提言は、確かにその通りだろう。そしてやはり社会問題となっている孤独死も、「不幸ではない」とする。「心ない家族に看取られるよりは満ち足りているかもしれない」と言うが、言われてみればそれもそうであろう。

そんな著者は、家族否定論者かというと、そうでもないらしい。「家族というもたれ合いは好きではないが、共に暮らす相手がいるのは良かった」としているのである。女優高峰秀子とその養子になった女性編集者を例にして、「一番よく理解できる者同士が家族になる」のも良しとする。要は、家族はDNAではないということである。

日本人は血のつながりにこだわるが、何より「安心」が得られることが大事で、その「安心」とは、「何も言わないでもわかる、自分の味方になってくれる人がいる場所、自分が自分で居られる場所」だという。その根底には「愛情」があって、「黙って自分を愛してくれる者が存在しない家族は家族とは呼べない」と語る。考えてみれば、その通りであろう。

「家族とは何か」
この本を読みながらつくづく考えさせられる。
「家族とは幸せの基本単位」
そんな答えを自信を持って言えたら、なんて素晴らしいことだろうと思わざるをえない。ベストセラーになっているということは、みんな何かしらの思いを抱えているのかもしれない。自分の家族について、考えてみたくなる一冊である・・・

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2016年07月20日

【持たない幸福論】pha



第1章 働きたくない
第2章 家族を作らない
第3章 お金に縛られない
第4章 居場所の作り方

著者はちょっと変わった人物。京都大学を卒業して就職するも、「働きたくない」と言って仕事を辞め、以来最低限の生活費を稼ぎながら自由に暮らしているという。そんな人物が、自らの胸中を語った一冊。「人は働かねばならない」と基本的に考える私にとって、一瞬「とんでもない人物」と思えた。世の中、「働かざるもの食うべからず」である。だが、この方、働いていないわけではない。とりあえず先入観だけでなく、読んで判断しようと読破した次第。

気になるのは、「やはりどうやって生活しているか」だ。基本的な収入は、ネットでものを書いたりしてわずかな収入を得ているとのこと。年収百万円前後というから、まぁそのくらいは稼げるのかもしれないと思う。住まいはシェアハウスで、従って家賃は格安。贅沢をしなければ、十分やっていけるようである。肉体労働で稼いでいると、年取って体が動かなくなったらという懸念はあるが、PCに向かう仕事であれば、とりあえずその心配はないのだろう。

もともと無欲なようで、欲しいものがあるわけでもなく、家族も不要らしい。子供も「人間は遺伝子の運び屋ではない」としている。子供を育てたいというのは、有力な生き方の選択肢の一つであるが、そうでなくてもいいというのは、その通りだろう。実際、望んでいても子宝に恵まれない人もいるわけである。

「働きたくない」と聞くと、なんだか怠け者のように聞こえてならない。だが、今はかつてのように社会も「人の生き方を包括的に支えてくれる力」を失っており、人それぞれが自分にあった生き方を考えられるという。「今までの歴史の中で一番なんでもできる自由な時代」と逆に説得されてしまうところがある。それは確かにその通りであろう。この方、さすが京大出だけあって、言葉を持っている。

考えてみれば、恵まれた社会であるとはいえ、我が国は年間3万人もの自殺者を生んでいる国である。その理由は人それぞれだろうが、著者の説明する社会と自分とを肯定・否定で四つのマトリクスに分けた考え方はわかりやすい。すなわち、「社会肯定・自分否定」(やらなきゃいけない仕事はあるけど辛い)、「社会否定・自分否定」(自分はもうダメ、仕事も何もかもどうでもいい)は、その説明としてなかなかである。一方著者は、「社会否定・自分肯定」(ひたすら自分の好きなことをしているだけで楽しい)なわけで、これで生きられるなら、苦しみながら生きるより、あるいは命を絶つよりいいとも言える。

「『幸せ』とか『意味』を感じられる手がかりになりそうなものは何でもいいから利用して自分がうまく生きられる世界を作り上げればいい」という主張は、それはそれで一つの立派な考え方である。実際、著者はうまく社会と折り合いをつけている。今は「男がお金を稼いで女が家庭を守る」という生き方から外れることもそれほどハードルが高くない。それを主張する「頭の古いおっさんはほっとこう」と気楽だ。

従来の価値観については、「少しずつ改造してアップデートしていくしかない」と考えられれば、こういう生き方も楽かもしれない。事実、シェアハウスについては可能性を言及していて、例えばシングルマザーなんかと一緒にシェアハウスで暮らせれば、「子育てを手伝ったりできて面白そう」と屈託がない。それも考え方次第だ。

著者はさらに友人と熊野の山中に家を借りていて、都会と田舎を行き来する暮らしをしているという。居場所とは「安心して居られる場所」であり、「合わない人とは棲み分けをする」としている。こうした暮らしぶりからは悲壮感は伝わってこない。たださすがに将来については不安もあるとしていて、「認知症になったらキツい」し、「できれば60代前半くらいにサクッと死んでおきたい」と語る。まぁこのあたりは誰にも同じように当てはまる懸念である。

当初は、違和感・嫌悪感のイメージがあった著者の生き方だが、読んでみればまぁこれも一つの生き方だと思う。ホームレスなんかよりずっといいし、下手に心を病んで自殺なんてするよりもいいだろう。自分に合った生き方をしているなら、他人がとやかく言うことではない。一つの生き方として、真似はしないが立派だと思う。何はともあれ、本一冊書くのは並大抵ではないし、そういう意味では尊敬できるかもしれない生き方だと思うのである・・・

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2016年05月21日

【松本零士未来へ翔び立つ名言集】松本零士



第1章 勇者の歌
第2章 友の歌
第3章 愛の歌
第4章 戦場の歌
第5章 彷徨の歌
第6章 哀愁の歌
第7章 不屈の歌
第8章 真理の歌
第9章 明日ヘの歌

子供の頃、マンガが好きだった私は、様々なコミックを買い込んでいたものである。そして、その中でも最も好きだったのが、松本零士のマンガである。
『銀河鉄道999』、『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』、『クィーン・エメラルダス』、『男おいどん』、『ミライザーバン』、『大四畳半大物語』等々数え上げればキリがないくらいである。

主人公は、大概がひ弱な少年で、ただし「強い信念を持っている」という共通項がある。少年時代の私にとっては、かっこいい二枚目ヒーローもさることながら、「男として信念を持っている」ということに強く惹かれ、そこに心地よさを発見したのかもしれない。SFのメカニックという男の子のらしい興味と合わせて、そうした共通項にファンになった理由があると思う。

最近はマンガを読む機会もなかったが、ふと手にしたこの本で、久々に松本ワールドを思いだしてしまった。この本は、私が昔夢中になった松本零士の世界を久しぶりに思い出させてくれる。
「ぼくの未来や運命は自分で決めたい!!他人に指図されたくない、そのために死んでも後悔はしないぞ!!」
『銀河鉄道999』での星野鉄郎の言葉である。自分の意思に反した行動を「仕方がない」と言って甘んじてとることは、誰が見てもいいものではない。でも実際は結構あるだろう。変に妥協することが嫌いな私の心にヒットしたのは不思議ではない。

「信念に殉じた男の生涯には後悔という言葉はない」(メーテル:『銀河鉄道999』)
「ぼくだって人からお金をただでもらうことなんて恥ずかしことだと思っていた。ほしかったら働くべきだと思ったよ・・・体が動かないならともかく、少しでも動けるなら働いて自分で稼ぐべきだと・・・他人にほどこしを受けるくらいなら死んだほうがマシだと・・・」(星野鉄郎:『銀河鉄道999』)
「最後の一瞬まで、絶対、希望を捨てないのがほんとの戦闘機乗りだ・・・その信念があってこそ、空戦に勝てるのだ!!」(『戦場マンガシリーズ:ゼロ』)

マンガだからストーリーがある。その中で登場人物たちが語る言葉は、当然ストーリーの一環である。場面場面において登場人物たちの語る言葉に、「自分もかくありたい」と思うから心に響くのだと思う。そしてそれは間違いなく、私の人格形成に大きな影響を残している。

「しあわせにしてくださいともたすけてくださいとも死んでもたのみません おいどんはおいどんのやりかたでがんばるけん、見ていてください」(大山登太:『男おいどん』)
「サナギをみにくいとあざけり笑う者はサナギから生まれでる蝶の姿を知らない」(『大純情くん』)
「どんな男でもくやしいときには泣くもんさ みんなそうだったよ そしてね いずれ一人前になるのさ はずかしいことじゃないよ」(下宿館のバーサン:『男おいどん』)

どれもこれも読んだことがあるマンガばかりで、懐かしさも蘇る。兄弟でも私の弟などはほとんど興味を示さなかったから、同じものを見ても心にヒットするかどうかは人次第で、面白いものである。ただ、私にしてみれば、こうした物語に触れられたことは影響も大きくありがたかったと思う。

この本のおまけとして、メーテルとクイーン・エメラルダスが双子の姉妹だったというのは衝撃の事実かもしれない。マンガの中にはどこにも描かれていないと思うが、一応「松本零士著」となっているから嘘ではないのであろう。松本零士のマンガは、一方で「中途半端」が多く、こうした「補足」は今更ながらに面白い。

かつて読んだマンガをもう一度読んでみたくなった一冊である・・・


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2016年05月16日

【ベテラン弁護士の「争わない生き方」が道を拓く】西中 務



著者はタイトルにもある通り御年74歳になられるベテラン弁護士。その大ベテランの弁護士先生が、自身の弁護士としての活動を通じて得た境地についた語った一冊。

弁護士といえば、争いごとで登場する職業といえる。そんな職業の方が、「争って勝利を手にするよりも、争わない方がずっと幸せだ」と語る。争いを職業とする人が「争うな」と説くのは「罪滅ぼし」だと著者は言うが、数多くの争いごとを見てきたからこその境地なのであろう。

この方の依頼者の中には、何度も同じような争いを起こす人がいたという。その原因は、その人の生き方、考え方にあるという。つまりそういう生き方、考え方を変えない限り何度も争いが起こるということである。
・法律では人の争いをなくすことはできない
・「法律さえ守れば何をやってもいい」という考え方が争いの原因
・幸せになるためのルールは、法律では定められていない
実に当たり前のことである。

・他人の悪いところが目についたら、それは自分の中にもあるという証拠
・満場一致の判決は危うい
・一切の悩みは、人と比較をすることから生じる
・人間の価値は、地位ではなく、どんな生き方をしたかで決まる
なかなか深い内容の項目が続く。

「争わない人は、相手を責めずに自分の気持ちを伝える」という考え方は新鮮である。他人の行動で悩んでいる時、普通の人はなんとかその行動をやめさせようとする。方法は様々であるが、だいたい「圧力をかけて止めさせる」というものではないかと思う。だが、そうではなくて、自分が相手の行動で困っているから助けて欲しいと伝えるのだという。実際に効果があるのかどうかはわからないが、今度試してみたいと思う。

・生きていることは借りを作るということ
・人様への感謝ができる人から、幸せになっていく
・見返りを期待しない人間関係が、よき友を作る
・人にやさしくするには勇気が必要
・おいしい饅頭は、一人で食べてはいけない
そうだよなぁと一々納得するが、では実践できているか、できるかと問われると答えに窮する。

・完璧な人ほど相手に劣等感を与え、抜けている人ほど愛される
・トップを目指すのではなく、トップに押し上げられる人になる
・不満やグチの多い人は、トラブルに見舞われやすい
・すぐに効果の現れないことでも、大海の一滴である
・逃げずに向き合うことで、運命は切り拓かれる
一つ一つの言葉が重みを持っている。

どれもこれもその通りだと思う。されど明日から実践しようと思ってもなかなか難しいものもある。それはすなわち自分自身に問題を抱えていることだということだし、まだまだ修行の余地があるということでもある。「華やかな人生を歩んでも、どのように死を迎えるかが大切」という。まだ残りの人生も長いし、ゆっくりと着実に修行していきたいものである。
折に触れ、人生の先輩のこういう言葉に触れるのも大事なことだと思わせられる一冊である・・・
   
   
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2015年09月01日

【無頼のススメ】伊集院静



伊集院静という作家の名前は知っていたが、実はその著作を読んだことがない。
これは本業の小説ではなく、自らの考えを語ったもの。
そう言えば、似たようなものとして、五木寛之の『人間の運命』があったと思い出す。
こういうのも、良いなと思う。

タイトルにある「無頼」とは、単なるアウトサイダーともドロップアウトとも違い、それは人としての心の持ち方、生きる姿勢のことをいうのだとされる。
読んで字の如く、「頼るものなし」という。
言われてみれば、確かにその通りである。

「正義なんてきちんと通らない。
正しいことの半分も人目にはふれない。
それが世の中というもの」
それはまったくその通りだと思う。
「神も仏もない」と嘆いても始まらない。

著者は進学する時、父親に頭を下げて「どうか行かせてください」とお願いしたという。
そういう教育だったらしいが、そこで1つだけ1番難しいところを父親が選び、ここ以外には行くなとされたという。
「いい教育だった」と著者は語るが、そういう厳しさも良いものかもしれない。

己の怒りを抱けるかが大事と著者は語る。
「戦争は泣き寝入りしていればいずれ嵐は過ぎ去るというものではない。『向けられた銃口に花を挿す』という考え方があるが、銃口に花を挿しても弾は飛び出す」
「武器を捨てれば平和が保たれる、という生半可な平和共存主義は、かつてのフォークソングのような甘い感傷に過ぎない」
当たり前のことを当たり前に語るが、今はその当たり前が通じず、理想に空を舞っている人たちが多い。
著者の考え方には激しく同意してしまう。

「世の中で起きたことは自分にも起こりうる」
「今日の三面記事は明日の自分かもしれない」
「男三人育てれば一人は人を殺すかもしれない。女三人を育てたら、一人ぐらいは体を売らなきゃいけない立場になるかもしれない。」
醒めているようであるが、実は冷静に世の中を見ているのだろうと思う。

芸能ニュースには疎い我が身ゆえ、知らなかったが、著者は女優の故夏目雅子のご主人だったという。
だからどうだということもないが、「ああそうだったんだ」と意外なところで意外な人に会ったような気がする。

五木寛之もそうだったが、やはり年齢のいった作家の言葉には、何か重みがある気がする。
いつの間にか深く読み入ってしまっていた。
人生経験を積んだ重みというものであろうか。
自分もそんな重みを持ちたいと思わせられる一冊である・・・

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2015年06月22日

【思考力を鍛える50の哲学問題】小川仁志



下手の横好きで、個人的に哲学は大好きである。
カントやヘーゲルといった哲学者について学ぶこともさることながら、日常生活において、哲学的に考え議論することはもっと好きである。
そんな性分ゆえ、タイトルを見ただけで手に取った一冊である。

著者は当然ながら哲学者。
念頭にあったのは、マイケル・サンデル教授の「これからの『正義の話』をしよう」である。
同じとはいかなくても、似たような議論を期待してページを開く。

冒頭では、「哲学とは、物事の本質を議論する学問」との説明がある。
現代の難問を考えるにあたり、50人の哲学者から50の哲学概念を選んだという。
思考のトレーニングと同時に哲学の入門書の意味合いも込められているようである。
そしてさっそく、さまざまな問題が出てくる。

・なぜ年をとると1年が早く感じるのか?
・人間はどこまで賢くなれるのか?
・なぜいじめはなくならないのか?
・人はなぜ勉強するのか?
一見してわざわざ「哲学」を持ち出すほどではないような問いであるように思う。
その“違和感”は、残念ながら正しいものであった。

たとえば最初の「なぜ年をとると1年が早く感じるのか?」について、著者はベルクソンの「純粋持続」という考え方を持ち出す。
ベルクソンによれば、時間は人間の内側から生きられるものだという。
そこから派生して、「時間のとらえ方を変えると、人生はまったく違うものになる。1年が早いなどという必要もなくなる」と著者は語る。
しかし、その意見はそもそもの問いに対する答えなのかと思えてならない。

次の「人間はどこまで賢くなれるのか?」についても、ヘーゲルの『絶対知』の考え方を持ち出すが、「人間がもうこれ以上進化しないと考えるほうがおかしい」という結論は、ヘーゲルを持ち出すまでもないものである。
ヘーゲルの『絶対知』を説明したかっただけなのかもしれないが、それならそもそもの問いが不要だろう。
さらに、ヘーゲルの『絶対知』とは、わずか3ページの説明で説明できるものなのかという疑問もある。

サンデル教授が、「5人を助けるために1人を殺すことは正義か」という鋭い問い掛けから議論を展開させたことと比較すると、どうもピントがボケている説明が続く。
各問い掛けと、それに対する解説に使われる哲学と導き出される考え方のアンバランス。
一言で言えば、このアンバランスが、「なるほど感」をもたらさない。

もっとも、『最大多数の最大幸福』を説いたベンサムの功利主義を車に当てはめたのは、「なるほど感」があった。
「車は事故による犠牲者がいても、車のおかげで幸福になる人の数の方が圧倒的に多いから、これをやめようとはない」というものである。
こうした例はごくわずかであり、あとはどうも読んでいて苦痛になる解説が続く。

・3Dプリンターの限界は?
・どうしてストーカーになるのか?
・なぜ鏡を見るのか?
・なぜ人は動物園をつくるのか?
・日本人はどうして英語が苦手なのか?

せっかくの問い掛けであるが、どれもこれも解説に使われている哲学の説明とマッチしていない。
無理やりこじつけられている気がするものもかなり多い。
哲学の解説をやりたかったのだとしたら、著者は「完全に外してしまった」と言わざるを得ない。

残念ながら、読む価値のある本とは言い難い。
哲学者だから哲学の面白い本が書けるとは限らないということなのだろうが、残念な一冊である・・・

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2015年06月17日

【自分を敬え】辻秀一



CHAPTER 1 自分を敬え。
CHAPTER 2 自分を信じよ。
CHAPTER 3 自分を鍛えよ。
CHAPTER 4 自分を磨け。
CHAPTER 5 自分を鼓舞せよ。
CHAPTER 6 自分を育てよ。

本書は、サブタイトルに「超訳・自助論」とあるが、英国の作家サミュエル・スマイルズが150年あまり前に執筆した「自助論(Self Help)」について、その本に込められたメッセージを超訳で紹介するものである。
「自助論」は正式には『西国立志編』という邦題で出版され、福沢諭吉の『学問のすゝめ』とともにベストセラーになったらしい。
学校で習った“Heven helps those who helps themselves.”という言葉は、この本が出典だという。

そんな自助論を6つのテーマに分けて語っていく。
・運命は自分の力で変えられる
・勉強なくして有能になることはできない。勉強をすることにより、人は才能を活かすためのさまざまな新しい知識を得ていく。
・一歩、前へ。
・知恵を極め、人格を向上させ、幸福で役立つ人間になる。
書かれていることは、あまりにも当然過ぎて、時として青臭い感じもする。

・幸福さえも習慣にできる
・人格こそが財産
・考えることと感じることは個人そのもの
・人格は世間という潮流の中で形成される
しかし、言われてみれば、実に鋭く心に刺さってくる言葉が多い。

・人格が社会の良心である
まさにその通りだろう。
自分は果して社会に貢献できているだろうか。
・素直さとは外界に自分の扉を開くこと
自分は扉を開けているだろうか。
・高潔な人格を有する人は、生き方が真摯であり、常に人格を磨いている人
自分は果して磨けているだろうか。

・熱意が勝利を呼び寄せる
・努力という投資
・創意工夫とは新しい今を創造していくこと
・行動を構成する内容と質
・一流の境地は修練の向こうにある
・練習が不可能を可能にする
・天才とは、自分に火を点けられる人
CHAPTER 5『自分を鼓舞せよ。』に並ぶ言葉は、確かに自分に向けると熱くなれる気がする。

・尊重のマインドはすべての人に対して向けられるべき心のあり方
・時間厳守は最高位の礼儀
・礼儀が人と人をつなぐ
人間関係がイマイチ苦手な自分としては特に意識したいところである。

一つ一つは短いながらも、心に響くものがある。
こうした真理は月日が経過しても腐敗することはないのだろう。
「当たり前のことじゃないか」と思わずに、素直に受け入れたい言葉の数々である。
すぐに読み終えてしまえる内容だが、何度も読み返したいものである。
最後の言葉が印象に残る。

「堂々とした生き方」
ずっと意識し続けたい言葉である・・・

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2015年05月14日

【人生の極意】佐藤優



第1章 生活
第2章 社会
第3章 事件
第4章 恋愛
第5章 人生

著者は元外務省の主任分析官。
かつて鈴木宗男議員の疑惑に連座して逮捕された経歴を持ち、過去には『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』を読んだこともある。
その後、作家に転身しているが、そんな著者の本を久しぶりに手に取った。

そして内容はといえば、この本は著者が、「週刊SPA!」で連載している『インテリジェンス人生相談』というコーナーの人生相談を書籍化したものである。
人生相談、すなわち読者からの相談に対し、著者が回答するというもの。
それも読書家の著者らしく、すべての相談に対し、それに相応しい一冊の本を挙げて回答に添えている。
その数たるや、凄いものである。

各相談は、その内容によって、目次の通りのテーマごとに分けられている。
第1章は生活。
そこでは、「無職の息子に毎月17万円せびられる」といった母の相談や、「酒を飲んだ父が暴れる」といった娘の相談などが紹介されている。
「息子を“安定雇用”の公務員にしたい」などというアホな親の相談なんかもある。

正直言って、私だったら「アホか!」と言いたくなるような相談が多いが、著者は丁寧に回答していく。
もっとも、「10浪している弟がいる」という相談に対しては、「合格する可能性はゼロです」なんて一見冷たいがまともな回答をバシッとしているところもある。
回答よりも、相談内容が呆れて面白いという気がする。

読んでいて、いろいろな人が口には出せない悩みを抱えているものだと改めて思う。
第3章の恋愛編は特にそうである。
「酔って男性とラブホテルに行ってしまいました」
「性欲のない私は男として大丈夫ですか?」
「僕は白人女性が好きです!」
「彼氏がニューハーフとセックスしてました・・・」
著者の答えも時として、真面目に答えているのかと思える回答もあったりする。

一番気に入った回答は、ホームレスになるのも自由じゃないかという意見に対する著者の回答だ。
「おおいにけっこうだ。君たちには貧しくなる自由がある。おおいに貧しくなれ。でも、貧しくなって後から文句を言うな」

回答という形で示される著者の意見には、時として教えられるところもあり、そこは参考になる。
毎回の回答に参考として示されていた本の何冊かは、個人的な「いつか読みたいリスト」に入れておいた。
いずれ読んでみたいと思う。

それにしても、逮捕拘留され、有罪判決を受けて社会からはじき出された著者が、作家として世の中に復活しているのは大したものだと思う。
外交官としても有能だったのだろうが、そんな生きるスタンスの一部を、この本の中に垣間見れる気がする。
これからもその著作を注目していきたいと思わせられる著者である・・・


posted by HH at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生・哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする