2020年03月13日

【貧乏人の経済学 もういちど貧困問題を根っこから考える】アビジット・V.バナジー/エスター・デュフロ 読書日記1129



原題:Poor Economics
《目次》
はじめに
第1章 もう一度考え直そう、もう一度
第1部 個人の暮らし
第2章 10億人が飢えている?
第3章 お手軽に(世界の)健康を増進?
第4章 クラスで一番
第5章 スダルノさんの大家族
第2部 制度
第6章 はだしのファンドマネージャ
第7章 カブールから来た男とインドの宦官たち
第8章 レンガひとつずつ貯蓄
第9章 起業家たちは気乗り薄
第10章 政策と政治
網羅的な結論にかえて

著者はともに経済学者。途上国の貧困問題を正面から捉えた、原題も“Poor Econmics”とストレートである。2005年現在で、貧困層と言われる人々は世界人口の13%だという。貧困層と一言で言ってもイメージがわかないが、日本で言えば家賃以外のすべてを1日あたり120円で賄わなければならないレベルだという。かなり深刻である。この本では、貧乏な人の経済生活において何を実現できてそのためになぜあと一押しすべきかを理解するための理論についての本だとする。

極貧層の人々は、全消費額のうち、食べ物に使うのは36〜79%だという。ある調査では、残金は、アルコールにタバコ、祭りへの支出だったという。意外に嗜好品が多い。実は、食料の安定供給という点ではすでに地球上のすべての人に食料を供給できるらしい。飢えは食料配分の仕組みのせいだという。ただ、貧乏な人々は本当にしっかり十分に食べているのかとなると、しばしカロリー摂取よりも「もっと美味しいもの」に流れる傾向があるとする。

実はもっと驚かされたのは、余分な収入があったとしても、それがしばしばテレビやDVDなどに向かうということ。それらは食べ物より大事なのだという。腹を満たすより、1日何もすることがない(仕事もない)という退屈から救ってくれるものが最優先される。さらに栄養摂取よりも必要なのは安価な食べ物という政策。幼少期の栄養が成人後の社会的地位に影響するという研究もある中、なんとも言えない事実である。

また、健康による貧困の罠という問題がある。マラリアに汚れた水に起因する健康被害。貧乏人は、これらを防ぐ蚊帳や塩素や駆虫剤といったものにお金を使いたがらず、それより高くつく治療にお金が使われる。資格を持った医師や看護師による無償の治療よりも、無資格な民間治療を選択する。予防接種を行わせるのに有効なのは景品だったりする。そこまで面倒見る必要があるのかという疑問が湧くが、豊かな国に住む者こそこうした過干渉の絶えざる受益者なのだという。

日本でも「貧乏人の子沢山」という言葉があるが、途上国は概ね大家族だったりする。これは避妊の問題ではなく、たくさん産めばそのうち何人かはうまく成長して自分の面倒をみてくれるという考えだという。その対象は男の子であり、故に女の子は不当に差別されたりする。そういう状況下では、もっとも有効な人口政策は子沢山を不要にすることだという。その流れで貧乏人向けの保険にも話は及ぶが、そこにもまた独自の問題がある。

貧乏人が保険を買いたがらないのは、そもそもリスクに対する認識がなかったり、あるいはいざという時に(やむを得ない理由なのだが)保険が下りなかったりするからだという。主に教育の問題なのかもしれない。グラミン銀行で有名なマイクロファイナンスにも限界がある。肥料を使えば収穫が増えることがわかっても、次の肥料を買うお金を使ってしまう。一度落胆してしまうと自分に規律を課すのが難しくなるという心理的な問題もある。

貯蓄といえば、銀行預金と考えがちだが、銀行は貧乏人を相手にしない(マイナス金利がついたりする)。そんな中でレンガ一つずつの貯蓄という工夫が新鮮である。これはお金に余裕ができると家を作るレンガを買い、買った分だけ家を建てていくのだとか。だから作りかけの家があちこちにあったりする。これも大いなる工夫の一つだろう。貧乏人は怠け者かというとそうではなく、情報が不足していたり、新鮮な水を得るという先進国では当たり前のことを自分でやらなかったりしないといけないという制約もある。なるほどである。

そのほかにも教育の問題もあり、一つ一つの事例が貧乏からの脱出の前の大きな壁となって立ちふさがる。それは絶望的な戦いにも思える。しかし、著者は貧困はもともと何千年と人類とともにあったものであり、その終わりまであと50年か100年待たなければならないとしてもそれはそれで仕方がないという。それもまたその通りなのだろう。幸いにして我が国の貧困問題はここまでではない。そのありがたみを噛み締めながら、世界の貧困について学びたい一冊である・・・









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2019年08月30日

【新聞という病】門田隆将 読書日記1066



《目次》
第一章 朝鮮半島危機に何を報じたか
第二章 報道は歴史を直視しているか
第三章 「謝罪」の後の主義主張
第四章 命より憲法という観念論
第五章 なぜ「現実」を報道できないか
第六章 “ビラ"になった新聞
第七章 自ら放棄する言論の自由

 著者は、『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の500日』の著作もあるジャーナリスト。タイトルにもある通り、この本は「新聞」が抱えている問題点を採り上げたもので、個人的に「マスコミは信用するに値しない」と考えている自分にとっては、その再確認をさせてくれるもの。そういう意味で、興味を持って手にした次第である。

 「新聞」と言っても、実は実質的にターゲットになっているのは「朝日新聞」。朝鮮半島危機にもモリカケ問題の糾弾に忙しく、「吉田調書」を巡っては大誤報を報じる失態。ロクな裏付けも取らないやり方は悪意さえ感じられる。安倍政権をただただ「右傾化」とし、安保法制報道はもはや不安商法=B「命」と「憲法」どっちが重いのかを無視し、都合の悪い情報は報じない。ご注進ジャーナリズムに切り取り炎上手法。その姿はもはや「活動家」に成り果てたと著者は手厳しい。ただ、その通りだと常日頃感じている身としては、違和感は感じない。

 それにしても、確かに新聞全般に問題は多い。例えば、自衛隊の海外派遣といえば、一律「戦争につながる」と反対する人は多いが、ではイラン・イラク戦争時にあったように、海外の邦人救出ができない現状はどうするのかという問題に答えは出されていない。「大きな犠牲が出るまで変わらない」という意見にはゾッとさせられるものがある。もっとも、これは新聞だけではないが・・・

 それ以外でも、例えばオバマ氏広島訪問の舞台裏が報じられていなかったり、なぜ「核兵器禁止条約」に「棄権」ではなく「反対」したのか、終戦記念日には常に反省ありき、日露交渉では知りたいことが報じられない。尖閣報道ではある視点が抜け落ちており、少年実名報道の「今昔」を知ると記者としての筋の通った姿勢が失われているのがわかる。もはや通り一遍の報道しかできず、世の中の疑問の解明やタブーを週刊誌に丸投げしている。

 吉田調書の大誤報は、著者自身が綿密な取材をして『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の500日』を書いているからだろう、誤報と報じたところ自身も朝日新聞から法的措置を取ると脅されたことを明らかにし、怒りをにじませる。「読者は記者たちに対して、思い込みや安っぽい正義感など求めていない、欲しいのは正当な判断をするための『客観事実』だけ」という意見には大いに拍手喝采を送りたい。

 ご注進ジャーナリズムに代表されるように、「日本を貶める」ことに忙しい朝日新聞であるが、当の記者たちと話をすると「日本を貶めている」という意識はないのだという。代わりにあるのは「朝日新聞はリベラルであり、権力と対峙し、これを監視する使命を負っているのが朝日新聞」との意識を持っているのだとか。「中国や韓国を喜ばせるというよりもむしろ過去の日本を糾弾することで、「平和を愛する自分に陶酔感を抱いている」とする。「自己陶酔した記者やジャーナリズムたちは「本当にタチが悪い」と著者は語るが、その通りだろう。

 それでも最近は「民意」は揺るがないことが多くなってきたという。若者を中心に新聞を見なくなっているということかもしれない。「新聞を読まない」なんて昔は「嘆かわしい」と思っていたが、この本を読むとその考えももう当てはまらないかもしれない。少なくとも朝日新聞を読む価値があるかどうかは疑問である。では産経新聞がいいかというと、個人的にはそれも同意できず。ただ、自衛手段として「新聞に書いてあることを鵜呑みにしない」とするしかないのかもしれない。

 嘆かわしいが、「考える力」をつけられるという意味では、その方がいいのかもしれない。そんなことを考えさせてくれる一冊である・・・



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2019年06月12日

【未来の年表2 人口減少日本であなたに起きること】河合 雅司 読書日記1039



《目次》
第1部 人口減少カタログ
第2部 今からあなにできること

 少子高齢化は今や日本人なら誰でも知っている我が国の抱える問題であるが、実はそれほど実感として持っていない。そんな自分に衝撃的な事実を突きつけてくれた『未来の年表』の続編である。サブタイトルにあるように、前作が「これから起こること」であったのに対し、今回は「あなたに起きること」となっている。この違いが興味深い。

 少子高齢化や人口減少によって起こる大きな数字の変化を「具体的な変化」に置き換えることが大事だと著者は主張する。「合計特殊出生率」がわずかに改善したと強調する向きもあるが、「出生数」で見ると実は減っているとか。よくありがちな事実であるが、その通りだと思う。高齢者が増えて行った場合、交通機関で遅延が続発するだろうとする。乗り降りに時間がかかる高齢者が増えれば当然予想される事である。

 多死社会となれば、火葬場が不足することも考えられる。さらに住職が不足し、思う通りに葬儀もあげられなくなる。所有者不在の土地は全国で北海道の面積に匹敵するくらいに迫り、空室の増加から修繕積立金が不足したマンションのスラム化が起こる。農業従事者が減れば野菜の生産に影響を及ぼし、食卓から野菜が消える。どれも絵空事ではなく、確実に予想しうることであるから深刻である。少子化で甲子園に合同チームが出場した時、どこの校歌を歌うのか、などはのどかな予想である。

 80代が街を闊歩するのはいいが、交通機関の他にも窓口や売り場が大混雑となる可能性がある。説明をしても聞いても理解できないことは今でも往往にしてある。高齢ドライバーの問題はすでに顕在化しているし、後継者不足で大廃業時代となれば熟練技術の喪失にもつながる。40代でも新人の仕事をしなければならなくなる。それらの積み重ねが約22兆円のGDPの減少になる。

 親が亡くなると遺産マネーは地方銀行から流出し、地銀が存続できなくなるというのは意外な予想。だが、かなり深刻な予想である。鉄道やバスの廃線が増加し、2030年問題と言われるパイロットの不足と合わせると、移動すら困難になる。立会人の確保が難しくなり、遠い投票所への移動が困難になれば選挙を通じた民主主義も揺れる。救急車が遅くなり、自販機に補充ができなくなり、ガソリンスタンドが消えて灯油も買えなくなる・・・

 いずれも笑い話となるものではなく、かなり高い確率で起こりうる可能性があるだけに、読んでいて暗澹たる気持ちになる。著者は対策として本作でも「戦略的に縮む」ことを主張している。その具体策として「個人でできること」とするのは以下の5つ。
1. 働けるうちは働く
2. 1人で2つ以上の仕事をこなす
3. 家の中をコンパクト化(使う部屋と使わない部屋を分ける)
4. ライフプランを描く
5. 年金受給開始年齢を繰り下げ起業する
 せっかくの提案だが、参考になるのは「1」くらいである。

 少子高齢化は確実に起こりうる未来だけに気軽に読み流すことができないところがある。己にできることとしては働き続けることくらいしかないが、せいぜい「起こりうること」は常に念頭に置いておきたいと思う。
 
そういう意味で、将来を考えるとても重要な一冊である・・・



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2019年04月05日

【街間格差−オリンピック後に輝く街、くすむ街−】牧野 知弘 読書日記1014



《目次》
第1章 2020年以前―何が東京を形作ったの
第2章 2020年以後―「働く」「暮らす」東京の再発見
第3章 街間格差―あなたの人生は住む「街」で決まる
第4章 輝く街、くすむ街―この区ならあの「街」に住もう
第5章 東京の未来―「住まい探し」から「街探し」の時代

 著者は不動産事業プロデューサーと称する方。これまでにも『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『2020年マンション大崩壊』を読んでいて、それなりに面白いと思っていたら、また一冊興味深そうな本を出版されたとあって手にした一冊。今度は少し範囲を広げて「街」に焦点を当てている。

 今、不動産業界では盛んに「オリンピック後」が語られる。そのくらいに不動産価格は下がるのではという話である。それに対し、著者は住まいとしての家を買う場合、本来「勤め先の状況や家族構成の変化といった自身のライフステージに応じて考えるべき」とする。これは全くその通りだと思う。ただ、続けて「住む、暮らすという価値と投資としての価値をごちゃ混ぜにした視点に多くの人が陥っている」という意見はちょっと違う気がする。少し待って安くなるのなら、ローンの負担も軽くなるというもの。投資としての価値ばかりではないだろう。

 第1章はどちらかと言えば、雑学。東京の歴史的経緯として、河川とともに整備されたとか、東京の道路が曲がりくねった理由とか地下鉄が使いにくいとか。中でも進学校の盛衰と街の盛衰は強くリンクしているという話はなかなか面白い。よく目にする「住みたい街ランキング」も順位が変動している。その理由は「働き方」、「楽しみ方」だとする。そこは1つの意見として聞き置きたいところである。

 この先の東京で起こることはさらに興味深い。1つには、「相続ラッシュ」。もう1つは「農地の放出」。いずれも言われてみればその通りなのだろうと思う。それはそのまま供給圧力となるわけで、業界人としては意識しておきたいところ。それによって、現在の価値基準である「駅から徒歩何分」とか「都心まで電車で何分」という考え方が揺らぐとする。これも頭の片隅に置いておきたい。「すでに東京の空き家数は日本一」、「これから進むのは街のスポンジ化」というのは、なかなか厳しい現実である。

 著者は、これからは「通勤しない時代」と考えているようだが、これはどうだろうと何となく思う。そういう一面も確かにあると思うが、全体的なインパクトは少なそうに個人的には思う。街によってはそれぞれ特徴がある。それを「ブランド住宅街に住む」「湾岸タワーマンション街に住む」「外国人街に住む」・・・と考察していく。これはこれで面白い。「湾岸タワーマンション」については、「維持コストに振り回された挙句、投資としても実需としても求められなくなる」という意見は傾聴に値する。

 「投資としての不動産」と「住まいのための不動産」は別とする。中途半端に手を出せば強大なリスクを負うと主張する。その通りだと思うが、前著では投資を勧めていたような気がする・・・「住まいの値段に振り回されるな」という意見はその通りである。23区それぞれの輝く街、くすむ街という意見はなかなか面白い。これも頭の片隅に置いておきたい。ちなみに私が住む街は見事に「くすむ街」に入っていた。ただ、住環境はこれからも申し分ないと思うので引っ越すつもりは毛頭ないが・・・

 著者はこれから広がるのは街間格差だとする。家余りの時代で、「選ばれる街」と「遠慮される街」に厳しく厳選され、暮らしやすさや自治体のサービス、治安、不動産の価格などあらゆる面で差が生じるようになる。街の「新陳代謝」がキーワードだとするが、そこまで大袈裟なものにはならない気もする。これからの東京では不動産価格の値段は下がるとするが、その通りだと思う。業界人として、そういう意識は同じである。

 単なる読み物としても面白いし、私のような業界人には1つの意見として参考になる一冊である・・・



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2019年01月08日

【社会は変えられる 世界が憧れる日本へ】江崎禎英 読書日記986



《目次》
第一章 問題の本質を問い直す
 1 私たちは何を間違えているのか――高齢化は対策すべき課題なのか
 2 何を守り、何を変えるべきか――日本の国民皆保険は奇跡の制度
 3 私たちは何に対応しなければならないのか――疾患の性質変化を踏まえて
 4 何を実現すべきなのか――役割と生きがいを持ち続けられる社会へ
第二章 時代に合わなくなった社会保障制度
 1 社会保障制度見直しの視点
 2 糖尿病――不摂生は得? 生活習慣病を容認する制度
 3 がん――誰のための、何のための治療なのか?
 4 認知症――お年寄りの役割と自由を奪うことで作られる
 5 処方箋――患者をもっと幸せにするために
第三章 社会は変えられる! ――時代に合わない「制度」、業界の「常識」への挑戦
 1 社会の変化に対応できるか
 2 おかしいことはおかしい!
 3 流されてはならない
 4 誰かがやらなければ
 5 そこに課題があるなら
 6 交渉とは闘うことではない
第四章 世界が憧れる日本へ
 1 お年寄りはもっと幸せになれる
 2 民間保険で人生を豊かに楽しく
 3 健康を楽しくおいしくするヘルスケア産業――健康は我慢することではない
 4 企業文化の転換――真の働き方改革に向けて
 5 地域包括ケアがめざすべきもの――お年寄りの笑顔が溢れる街づくり
 6 生きがいの場としての農業――大規模化・効率化は本当に必要か?
 7 「サ高住」から「シ高住」へ――誰もが役割と生きがいを持てる暮らしを
 8 人生の完成に向けて――ドラマの最終章はハッピーエンドで

 著者は、経産省勤務のお役人。本書は、そんな著者が自らの経験と知見を踏まえ、今後の日本について目指すべき姿を語った一冊。

 第1章は、今我が国で問題とされている「高齢化」は、実は対策すべき問題ではないとする。問題は年金よりも遥かに深刻な国民皆保険制度であるという。著者は、日本の医療制度は「人類の理想」とまで言い切っているが、すでに社会保障関連予算は国家予算の3割を超えていることを問題視している。というのも、1つの予算が国家予算の3割を超えると社会は破綻に向かうと言われていて、それは太平洋戦争開戦前の軍事費がそうだったのだという。そういう見方を知ったのは初めてである。

 「重厚な組織ほど行き着くところまで行かないと方向転換できない」という意見は、確かに敗戦に至る日本をみれば明らかである。「1人の頭で考えればすぐに出せる当たり前の結論が、大きな組織で時間をかけて議論すると逆の結論になる」というのは、大企業にいた身にはよく理解できる。ではどうするか。1人の部外者の視点から社会保障制度に対する課題の整理と取り組むべき方向性について、著者は論じていく。

 この問題については、我々多くの国民が、「なんとなく大変らしい」という程度にしか理解していないのかもしれない。支出増大の原因は、医療費の高度化によるコスト増。これを回避するには、やはり医療サービスの提供方法に加えて健康管理に取り組むことを挙げる。いわゆる健康寿命を延ばそうということは、今結構言われているが、やはり「生涯現役社会への再構築」が必要だとする。それはその通りだろうと思う。

 ちょっとショッキングだったのは、がんに対する事実。実は、がんは遺伝子の異常であり、これは誰でも日常的に体の中で起こっているのだという。それを免疫システムですべて抑えているのだとか。「この薬は3割の患者に効く」と言っても、実はそれは「がん組織が30%縮小した状態が4週間以上続いた」ことを意味するのだという。やっぱりがんに対しては、本来持っている免疫力を高めることが重要なようである。こうした事実は、しっかりと認識しておきたい。

 後半は一転して著者の経験談。それも壁を壊すというイメージ。硬直的な官僚組織において、それは稀有ではないかと思う。店頭市場改革、外為法改正、地球温暖化の取り組みに対する問題、ブラジル人労働者の帰国支援とその活躍は読んでいて爽快であるが、本当は官僚の人には誰でもこういう行動を取って欲しいと思わざるを得ない。

 健康寿命を延ばすという提言については、民間保険の商品を充実(健康になると得をするサービスを付帯したもの)させ、その資金をヘルスケア産業に流れるようにするというのは、面白いアイディアだと思う。その他、「生きがいとしての農業」、「シ高住(仕事付き高齢者住宅)」、「徘徊できる街づくり」なども面白い。「行政の仕事は、時代や社会の変化に伴う政策課題をいち早く見つけ出して適切に対応すること」という言葉は力強い。「おかしいことはおかしいと言える感性を持ち続けること」というのは、誰であってもそうでないといけないだろう。

 こうした人が官僚にいるというのも心強いと思う。それだけで人任せにしないで、自分たちでも必要なことはしていきたい。そんな気持ちにさせてくれる一冊である・・・



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2018年09月27日

【世界を変えた14の密約】ジャック・ペレッティ 読書日記958



原題:DONE THE SECRET DEALS THAT ARE CHANGING OUR WORLD
 第1章 現金の消滅
 第2章 小麦の空売りとアラブの春
 第3章 租税回避のカラクリ
 第4章 貧富の格差で大儲けする
 第5章 肥満とダイエットは自己責任か
 第6章 国民全員を薬漬けにする
 第7章 働き方が改革されない理由
 第8章 終わりなき“買い替え(=アップグレード)”
 第9章 権力を持つのは誰か
 第10章 企業が政府を支配する
 第11章 フェイクニュースが主役になるまで
 第12章 ロボットと人間の未来
 第13章 人類史上最大案件=「知性」の取引
 第14章 21世紀のインフラストラクチャー

 「密約」などという言葉を見ると、何やら陰謀論的な匂いがして半身に構えてしまうところがある。「企業による密約が私たちの世界を決めていた」という著者の言葉もそれに輪をかける。しかし、「世界に意外な形で影響を及ぼした企業の活動」とでも捉えれば、この本で書かれている「現実」は非常に考えさせられるものがある。特に「問題を作り出してその解決策を売る」という部分は衝撃的でもある。

 今は世の中キャッシュレス社会に向かって動いていて、個人的にもそれは歓迎すべき世界だと感じているが、第1章で語られる「現金の消滅」もまた密約だという。クレジットカードでは人は痛みを感じないということは昔から言われているが、現在はさらにペイパルはインターネットを即売マシンに変え、iPhoneが新しい銀行になろうとしているという。現金を失うことに人は抵抗を感じるが、そうでなければ消費が伸びやすくなる。それが密約なのかどうかはともかくとして、事実は事実。ただそれが問題なのかどうかは個人的に難しい。現金を使わないのは、一方で大変便利でもあるからである。

 アラブの春をもたらしたものは、実は小麦価格の高騰だということは、『「歴史×経済」で読み解く世界と日本の未来』でも説明されていたが、小麦価格の高騰の原因をさらに探っていくと、それは小麦の空売りが原因だという。すなわち、需給というより投機である。ただ、それをさらに突き詰めていって、空売りの元となったオプション、ひいてはブラック・ショールズモデルにまで遡るのは、「密約」的な感じではない。

 面白いのは、第5章の「肥満が保険を売るために生み出された」という説明だろう。ルイ・ダブリンという統計家がBMIを考え出し、一夜にしてアメリカ人の半数を「太り過ぎ」か「肥満」に分類したという。実はこの基準によると、ウサイン・ボルトも肥満に該当するというから驚きである。そして飢餓実験でダイエットが太る体質を作ることが判明したが、その事実は伏せられ、痩せる必要性が叫ばれる。原因として脂肪を悪者にするが、その影で砂糖は難を逃れる。低脂肪食品は味が薄くなるため砂糖で補われてきたという説明には驚きを禁じ得ない。

 また、医薬品業界は、すべての人を患者にし薬をチューインガムのような存在にすることを狙う。ADHD、躁うつ病、PTSD、メタボ、生理前症候群などの新しい病気が生み出されて薬が処方される。コレステロール降下剤のスタチンは世界中で爆発的に売れているが、(効果があるはずの)心臓病がいまだに欧米の死因の第1位を占めている。こういう説明を聞くと、新しい「病気」の数々は、果たして医学が進歩した結果なのかどうかわからなくなってくる。

 さらにアメリカでシェルビー電気という会社が作った電球が116年間も光を放ち続けている事実が紹介される。これは実に衝撃的である。そして実は1932年に大手電気会社で「ポイボス」というカルテルが作られ、6ヶ月以上もつ電球を作る会社を潰すことにしたのだとか。「計画化された陳腐化」とされているが、iPodの電池が18ヶ月で寿命となり交換できないという事実が指摘される。電球は一年もすれば切れるものだと思っていたし、そういうものだと思っていたから、言われてみて改めて愕然とする。

 今や企業が政府をコントロールし、強大な力を持っている。政府は国境に閉じ込められるが、企業はそれを超えて世界を支配する。誰も知らないうちに企業が政府の上に存在する。「AIが人の仕事を奪うようになる」ということは最近頻繁に耳にするが、それよりも「人が機械の仕事を奪いあう」ということにもっと大きなショックを受ける。今やアメリカでは自動洗車機は脇に置かれ、人が代わって洗車をしているのだとか。なぜなら失業の恐怖から人は必死に洗車をし、しかも「機械より安い」のだという。「ロボットより安い人間がロボットの仕事を奪い合う未来」は考えるだけでも恐ろしい。でもそれは残念ながら空想SFの世界の話ではなさそうである。

 繰り返しになるが、「密約」という言葉に引っ張られることなく、冷静に読んでいくと、なかなか恐ろしいものがある。人は気づかぬうちにいつの間にかいいようにコントロールされているのかもしれないと思えてくる。すべて故意的な策略などとは思えないが、悪魔の見えない手で導かれていると言っても過言ではないかもしれない。
 
 果たして、我々はコントロールされているのだろうか。その答えを探る前に、まずはそうした知識が必要である。その知識を身につけるのに、一つの参考になる一冊である・・・



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2018年09月17日

【対立の世紀 グローバリズムの破綻】イアン・ブレマー 読書日記956



原題:US VS.THEM THE FAILURE OF GLOBALISM
第1章 「勝ち組」と「負け組」
第2章 危険信号
第3章 12の断層線
第4章 分断の壁
第5章 ニュー・ディール

 トランプ大統領の誕生や移民問題やそれに端を発したイギリスのブレクジットなど世界の激動は続いているが、そんな現代社会を分析した一冊。著者はその道の第一人者であるというニューヨーク大学の教授である。原題にもある通り、これはグローバリズムの底辺からの崩壊の物語。世界で今起きている政治・経済及びテクノロジーの変化とそれによってもたらされる次の勝者と敗者の波とその間の広がりゆく格差が取り上げられている。常に「われわれ対彼ら」という対立構造で捉えている。

 第1章では「勝ち組」と「負け組」というもうかなり言い古された言葉がテーマとなっている。グローバリズムがもたらすものは、経済的格差の拡大とそれによる中間層の没落。格差拡大は、『21世紀の資本』をはじめとして、もうあちこちで語られている。ル・ペン氏の「奴隷が製造したものを失業者に売りつけている」という例えは、冷静に考えると核心をついていると言える。「生活を脅かされた人々は、自分たちの問題の責任を押し付ける対象を探し、その対象を厳しく批判する」という説明も、現代の問題点を表している。

 グローバル化と移民の問題、定着する格差、サイバー攻撃、AIによる自動化が仕事を奪う問題、これらは危険因子として挙げられる。これらの難局を乗り切るには、国家としてのレジリエンス(強靭さ)が求められる。それは変化に対する対応力であるが、何より政府の財力であり、教育であり格差の抑制策である。「民主主義は抗議行動やデモなど国民の怒りを表す余地が存在するため衝撃を吸収することができる」という意見は、言われてみればその通りだが、思ってもみなかった見方である。

 こうした危機に弱いのが発展途上国。ここでは特に12カ国が挙げられている。中国、インド、インドネシア、ロシア、トルコ、ブラジル、メキシコ、ベネズエラ、ナイジェリア、サウジアラビア、エジプト、南アフリカ共和国であるが、それぞれが内包する問題が説明されるが、サウジアラビアなど思ってもみなかった指摘が新鮮である。

 こうした問題を隔てるものとして、「壁」の説明がなされる。トランプ大統領がメキシコとの国境との間に作ると言って話題になったが、イスラエルでは西岸地区とガザ地区との間にすでに壁が建設されている。そしてその内外格差を知らされると、壁を作ることも一概に否定できない。
その内容は下記の通り。








イスラエル側 ガザ地区・西岸地区側
一人当たり所得US$35,000US$4,300
失業率 4% 42%
幼児死亡率(1000人)3.5人 17.1人
インターネットアクセス80%58%

 ドナルド・トランプ大統領の誕生は世界にとってショッキングだったが、著者は「ドナルド・トランプが『われわれ対彼ら』の構図を生み出したのではなく、この構図がドナルド・トランプを生み出した」と語る。それはその通りなのかもしれない。イスラエルのような壁を作るのか、あるいは税金や社会保障のような「社会契約を書き換える」ことも対応策の一つだという。「生存するには皆が一緒になって生きていくための新しい方法を創り出すことを私たちに要求している」とするが、これこそが著者の言いたいことであるし、われわれの課題でもあるが、なかなか簡単にはいかないように思える。

いずれにせよ、現代社会の問題をコンパクトにまとめたものを読むことによって、教養を得られることは間違いない。自分たちの住む世界のことでもあるし、こういうことに関心を持っていたいと思わされる一冊である・・・



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2018年09月09日

【これからの教養 激変する世界を生き抜くための知の11講】菅付 雅信 読書日記954



1.これからの思想――東浩紀
2.これからの生命――池上高志
3.これからの健康――石川善樹
4.これからの建築――伊東豊雄
5.これからの経済――水野和夫
6.これからのメディア――佐々木紀彦
7.これからのデザイン――原研哉
8.これからのプロダクト――深澤直人
9.これからの文学――平野啓一郎
10.これからのアート――松井みどり
11.これからの人類――山極寿一

 著者は長年編集関係の仕事をされている方のよう。この本は、代官山蔦屋で行われた連続トークをまとめたもので、「これから」をより良く生きるための現在進行形のリベラル・アーツ(教養)の端緒に触れられるものになればと意図されたものであるようである。トークの相手は全部で11人。見事に全て知らない人たちである。

 最初に登場する東浩紀は作家であり思想家。浅田彰に「『構造と力』がとうとう完全に過去のものになった」と語らせた人物と聞くと俄然興味がわく。ここでの対談の内容はいろいろな人の思想を挙げつつ思想界の動きを紹介するというもの。「日本的スノビズム」なんて難しい言葉は出てくるものの、興味を惹かれる。

 中でも本筋とは離れるものの、「中国のインテリほど共産党万歳」という話は意外。しかし、「トップを通せばいろいろなことができる」と聞くと納得である。例として日本ではサハ・ハディトに新国立競技場を作らせることができなかったことが挙げられるが、中国でならできたかもしれない。「アーティストや建築家に面白いことをさせる」という点では中国の方に可能性があり、日本では「結局無難なゼネコン案しかできない」という指摘には考えさせられるものがある。

 また、ネット社会における人間関係については、偶然(=弱いつながり)と必然(性がある人間関係)という言葉をキーワードに説明される。「人間が人間であることによって起こる問題はAIでも解決しない」「テクノロジーの救済はやってこない」などの考え方も脳を活性化させてくれる。「宗教は救済を与えるが、哲学は救済も答えも与えない」ということも新鮮である。これらの意味を、もしかしたら表面的にしか理解できていないのかもしれないが、知的刺激が大きいところである。

 そのほかのところでは、「生命」「健康」「経済」の話が興味深く、それ以外にはあまり心惹かれるものはなかった。人それぞれ興味の対象は違うし、それは致し方ないだろう。「生命」は人工生命の研究について。「愛すべきものをつくる」のが大事と考えているとのことで、その「愛すべきもの」とは、「自律性を持っているもの。自分とは関係ない世界を持ちながら動いているものを人は愛す」という話はなるほどである。鋭い視点だと感じる。

 「健康」は予防医学。これも独特。予防医学とは、「限られた予算で誰を救い、誰を殺すかの決断をする」ものという指摘は自分のイメージとは異なるもの。ただ、予防医学は「最善」を目指すという考え方は、なるほどである。「正義」を目指す考え方だとすべてを救わなければならないが、それだとリソースが足りず、だから「最善」なのだと。「人数で見ると、脳卒中になる人は高血圧の人より正常値の人の方が多い」という「予報医学のパラドックス」も面白い。

 「経済」は、格差問題。今や世界人口の半分の人の資産と同じ額をトップの8人で所有しているという話から、もはや経済学では説明できない格差が生じているという。それは比較的格差が少ないとされている日本においても同様だという。経済学上利子率がゼロになるのは、利子率生活者=資本家階級の安楽死になるので望ましいしいう意見には大いに頷かされる。資本主義の終焉が囁かれるが、問題はその後にどういう社会にするのか代替案がないことだという。これには自分も考えさせられる。

 興味のあるなしはあるものの、総じてなかなか面白い議論であったと思う。こういう意見に折に触れ接していたいと思う。そこから自分なりに考えてみたいところもある。「思想」の東浩紀や「文学」で登場した平野啓一郎については、今度著作を読んでみたいと感じた。そういうキッカケもあると思う。知的に刺激を受けるにはいいかもしれない一冊である・・・




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2018年06月27日

【ハーバード日本史教室】佐藤智恵 読書日記934



序  ハーバード大学と日本人
第1講義 教養としての『源氏物語』と城山三郎 アンドルー・ゴードン
第2講義 『忠臣蔵』に共感する学生たち デビッド・ハウエル
第3講義 龍馬、西郷は「脇役」、木戸、大久保こそ「主役」 アルバート・クレイグ
第4講義 ハーバードの教授が涙する被災地の物語 イアン・ジャレッド・ミラー
第5講義 格差を広げないサムライ資本主義 エズラ・ヴォーゲル
第6講義 渋沢栄一ならトランプにこう忠告する ジェフリー・ジョーンズ
第7講義 昭和天皇のモラルリーダーシップ サンドラ・サッチャー
第8講義 築地市場から見えてくる日本の強みと弱み テオドル・ベスター
第9講義 日本は核武装すべきか ジョセフ・ナイ
第10講義 世界に日本という国があってよかった アマルティア・セン

著者は作家兼コンサルタント。似たようなタイトルの本が多い昨今、気がつけば『ハーバードでいちばん人気の国・日本−なぜ世界最高の知性はこの国に魅了されるのか−』と同じ作者によるものであった。今回、興味をそそられたのは、「日本史」というキーワードなのであったが、なんとなくそれは予想していたのとは趣が異なるものであった。

内容としては、ハーバードで日本について教えている教授を中心に10人を採り上げ、インタヴューをしたものである。その中には、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』のエズラ・ヴォーゲルも含まれているのが、ちょっとした読みどころかもしれない。

著者はこの本の目的を、「世界から見た日本史の一端を垣間見る機会となり、日本史の新たな魅力を発見することにつながれば望外の喜び」と語るが、それにしては内容が「日本史」とはズレているのではないかと思わされてしまう。内容に問題があるというのではなく、内容と著者の意図があっていないと感じるのである。

初めこそ、日本史らしきものが出てくる。「サムライが人気」とか、「源氏物語は不評」とか。戦時中の日本のプロパガンダ映画である「チョコレートと兵隊」などという映画を見て研究しているというから、さすがハーバードと思ってしまう。各教授が行なっている授業の様子を紹介してもらい、「日本は品格ある国家を目指すべき」などというコメントをもらうような構成になっている。

・幕府が直接領土を統治する仕組みではなかったからこそ、システムの中に他国にはない柔軟性があった
・農民は年貢さえ納めていれば副業も自由で、税金もかからなかった
などという事実は、なかなか興味深い。幻の貿易都市十三湊や漆器技術が世界から絶賛を浴びたことなど、こんなことを採り上げるんだと感心する内容もある。
渋沢栄一は、セオドア・ルーズベルトの日本観に影響を与えたとか、モラル・リーダーシップでは昭和天皇も採り上げられている。トランプ大統領に批判的な意見が多いのも特徴かもしれない。

『リーダー・パワー』のジョセフ・ナイ教授は、日本とアメリカが戦後これほど長く友好関係を続けてこられた理由を3点挙げている。
1. 軍事戦略上の必要性
2. 日本が戦後、民主主義国家を作り上げることに成功し、アメリカの同盟国にふさわしい国になった
3. 経済的相互依存
こういう分析は、個人的に興味がある。さらに核武装より日米同盟に勝る抑止力はないとしているが、これはひょっとしたら「日本に核武装させたくないから」ではないかと思えてしまう。

気になる日本の課題であるが、
1. 移民の受け入れ
2. テクノロジーの活用
3. 人的資源の活用
としている。こういう外からの見方も面白い。

後半になると、日本史は何処へやらという雰囲気になる。日本は知識によって国を発展させてきたとし、それは知識を重視する仏教文化に由来するものだという意見もあるが、どうも「日本史」からは離れてしまう。「日本史」をテーマに企画したものの、終わってみればズレてしまったということなのかもしれない。

著者は、ハーバードで日本が学ばれているということに対し、誇りのようなものを持っているのかもしれない。それはそれで悪くはないが、個人的には日本を学びの対象に入れているハーバードの奥深さを感じる。それと同時に、日本以外の国はどこまで学ばれているのだろうかと気になる。例えば中国などは、なんとなく日本より講座が多そうな気もする。「日本が取り上げられていて嬉しい!」のもわかるが、そうした全体像もあったらなお良かったと思う。

日本人ももっともっと幅広く学ばなければならない、内にこもっていてはいけないと感じさせられる。タイトルとは異なる内容で残念ではあったが、感じる所のある一冊である・・・




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2018年03月05日

【徹底検証「森友・加計事件」 朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪】小川榮太郎 読書日記898



第1章 報道犯罪としての森友学園騒動
第2章 籠池劇場-喜劇と悲劇
第3章 森友問題の核心-九億六千万はなぜ一億三千万二なったのか
第4章 加計学園-朝日新聞はいかなる謀略を展開したか
第5章 加計問題の真相に迫る

 著者は文芸評論家にして社団法人日本平和学研究所理事長だという。詳しいプロフィールは知らないが、思想としては安倍政権に同調的な方のようである。だからではないだろうが、昨年来、マスコミを賑わせている森友加計問題について(反マスコミ視点から)真相を語るというのがこの本の趣旨である。サブタイトルには「朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪」とあって穏やかではないが、内容を読んでいくとそれもその通りだと思えるものになっている。

 冒頭、昨年半年に渡って「安倍叩き」が行われたが、その間、安倍による不正・権力乱用の物証はただの1つも出なかったと著者は語る。朝日新聞が仕掛け、テレビが横一線でワイドショーに取り上げて、他の新聞が疑問視してもそれらをすべて圧殺して「安倍疑惑」に仕立ていったという。そして何よりも衝撃的なのは、仕掛けた朝日新聞自身がどちらも安倍総理に関与がないことを知りながら疑惑を創作したことだったとする。「本当かいな」と思うも、著者はそれを本文で解説していく。

 まずはじめに森友問題が解説される。そもそもは、国有地を正規価格の1/8で払い下げられたことであるが、払い下げられた相手の森友学園が安倍総理夫人を名誉校長とする右傾化した学校だったことから、癒着があるのではとされたものである。それを著者は事実関係に沿って説明していく。大きな減額の理由は地下に大量のゴミが埋設されているのが発見されたこと。であれば一応の理屈はつく。本当はそこを重点的につくべきだと個人的には思う。

 著者は、森友学園とはどういう法人なのかを丁寧に説明していく。理事長の籠池夫妻の言動もニュースに沿って追っていく。個人的に意外だったのは、安倍政権を追求する野党の議員も、国会での発言では安倍総理に道義的責任は問いながらも土地取引と安倍夫妻とは切り分けていたという事実。これはあまり知られていない気がする。そして実は森友学園の問題となった小学校建設は、資金繰りや経営計画、カリュキュラムなどに多くの問題を抱えていたのだという。

 そういう「事実」を提示し、国の地方機関も府の機関も問題処理が杜撰であり、民間審議会のチェック機能の詰めの甘さこそが問題で、政治の圧力があったとは考えにくいという結論は、十分な根拠があるように思える。事実の羅列に勝るものはない。すっかり有名になった「忖度」も、「安倍夫人の名誉校長就任は決定の4ヶ月後であり、忖度などありようがない」というのもその通りに思える。

 加計学園の問題になるともっとひどい。朝日新聞がスクープした文書は、一部のみ明示しその他はぼかされている。ところがそのぼかされている部分に「国家戦略特区諮問会議決定という形にすれば、総理が議長なので総理からの指示に見えるのではないか」と書かれているという。これを朝日新聞は「総理の意向」と大見出しで報じている。そのまま普通に読めば総理の意向などなかったことが明らかなのに、である。

 さらに前川喜平という前文部科学相次官が登場したことで、舞台は賑やかになっていく。著者は前川前次官が通っていた出会い系バーに足を運び、そこがいかにいかがわしい店であるかを記していく。そして朝日新聞の後押しを受けて安倍政権批判をしていく動機についても示す。加計学園の問題の本質は、獣医学部新設を巡る反対派と推進派の長年の闘いであり、著者はその本質も明らかにする。

 推進派としては証人喚問で、加戸前愛媛県知事などが発言したが、前川前次官の発言と比べると全体の5%にとどまるとしている。ニュースでもこの不均等に対し、朝日新聞が「報道しない自由」と表明していて個人的にもあきれたが、問題の全体像から考えるとやはり故意に捻じ曲げられているのがよくわかる。著者が「報道犯罪」と断じる気持ちもよくわかる。

 この本も1つの見方であって、頭から信じることのないようにしたいという冷静さは自分でもある。ただ、疑いようもない部分だけでも朝日新聞の劣勢は否めないと思う。この本に対し、朝日新聞は名誉毀損で著者を訴えている。だが、個人的には違うなら違うと事実を挙げて反証していけばいいのにと思う。そういう本が出版されたら、ぜひ読んで比べてみたいと思う。朝日新聞に対しては、是非とも反証本を期待したいと思わざるを得ない一冊である・・・



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