2017年02月18日

【えんとつ町のプペル】にしのあきひろ



 キングコングという漫才コンビの芸人である西野亮廣の著書『魔法のコンパス』でその存在を知った絵本。絵本業界の常識を覆す分業で製作したということで、話題になりかつベストセラーにもなっているため、興味を持った絵本。小学生から「高くて買えない」と言われ、ネットで全部を公開するという大胆な行動とその心意気に、思わずアマゾンでオーダーしてしまったものである。

 クラウドファンディングで資金を集め、分業で絵のクオリティーにこだわったというだけあって、中の絵は豪華そのもの。『ブレード・ランナー』を観ているような感覚に陥ってしまう。1ページ1ページじっくりと隅々まで見たくなり、そんな読み方をしていると普通の絵本なら数分で読めてしまう厚さなのに、濃厚感を味わえる。

 物語は、タイトルにあるように、どこかにある煙突だらけの町。4,000メートルの崖に囲まれ、人々は外の世界を知らず、おまけに煙突からの煤煙が町を覆い、そこに住む人たちは青い空も輝く星も知らない。そんな町で、あるハロウィンの夜、配達屋さんが配達中の心臓を落としてしまう。心臓は町外れのゴミの山に落ち、ドクドクと動き続ける。

 動き続けた心臓は、やがて周りのゴミをくっつけてゴミ人間が生まれる。ゴミ人間は、ガスの臭い息を吐きながら町へとやってくる。汚いゴミ人間を町の子供達は嫌って近寄らない。しかし、そこへススだらけの少年がやってきて話しかける。少年は煙突掃除をしているルビッチ。ルビッチは、他の子供と違い、ゴミ人間を嫌わず、むしろ「プペル」と名付けて仲良くなる・・・

 こうして物語は、ルビッチとプペルの交流となる。出会いがあり、仲違いがあり、そして心が通じ合う瞬間がある。最後は、大人でもほろっとさせられるストーリー。1枚1枚の見事な絵とともに、ストーリーを味わえる。さすがに絵本ゆえに、大人としては物足りないところもあるかもしれない。しかし、物語は日本語と英語で表記されている。あえて英語で読むのも、物足りない感がある大人にはいいかもれない。絵本ならではのシンプルな英語は、ちょっとした英語トレーニングにもってこいである。

 絵本は絵本であるが、その制作の意図を『魔法のコンパス』で知っていたし、そういう背景を理解しながら読むと、大したものだと思わざるを得ない。小学生向けにネットですべて公開されているが、大人だったら買って読みたいところである。ベストセラーになっているということは、そんな風に思う大人が多いということだろう。アイデアと行動力が正しく評価されているわけで、いい世の中だと思う。

 そんな背景もすべて含め、じっくりと味わいたい大人の絵本である・・・



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2016年12月03日

【<実践>自分の小さな「箱」から脱出する方法】アービンジャー・インスティチュート・ジャパン



第1部 「箱」という名の自己欺瞞の世界
 Challenge1 相手が自分をどう感じているか
 Challenge2 「私」には特権がある?
第2部 人はどのようにして「箱」に入るか
 Challenge3 自分だけが気づいていないこと
 Challenge4 相手のことを「ひどい人間」だと感じるとき
 Challenge5 持ち歩いている箱の中身を検証する
 Challenge6 もしも、相手が「箱」に入っていたら
第3部 「箱」からどのようにして出るか
 Challenge7 いつでも変わることができるという真実
 Challenge8 箱の外の場所を探す
 Challenge9 状況を新たに考え直す
 Last Challenge 箱の外にとどまる

 あまりよく調べずに手にした一冊なのであるが、どうやらこの本には元ネタというべき本があって、それは『自分の小さな「箱」から脱出する方法』という同タイトルの本である。そしてこの本は、その<実践版>という位置付けであるようである。

 ここで問題とされているのは、「自己欺瞞」。それを解決する方法を伝えたのが、『自分の小さな「箱」から脱出する方法』ということである。その解決策をさらにわかりやすく伝えるために、本書が書かれたということである。また、本書ではさらに「自己欺瞞」を「箱に入っている」と表現して話が進んでいく。

 およそ人間関係において、「人を人として見るか」、「人をモノとして見るか」の2通りがあるという。表面上の行動がどうあれ、それをしている時の自分の気持ちによって人は反応するという。その人の心の持ち方によって、与える影響が決まるとする。そのあたりは自分の経験からも真実であると思う。人を人として見るのは「思いやりの心」であり、モノとして見るのは「抵抗心」とする。この心の持ち方が間違っていれば、人は期待する相手の行動を引き出すことはできない。

 自分が他人のためにすべきだと感じたことに背く行動を「自分への裏切り」とし、一旦自分の感情に背くと、周りの世界を自分への裏切りを正当化する視点から見るようになる。そうすると現実を見る目が歪められる。そしてこの時、人は「箱」に入る。この「箱」は4種類ある。
  @ 人より優れているとする「優越の箱」
  A 〜してもらって当然という「当然の箱」
  B 人よりよく見られたいという「体裁の箱」
  C 人より劣っているという「劣等感の箱」

 言葉だけだとイメージしにくいが、夫婦の事例で説明されているところはわかりやすい。そしてそんな事例は我が家の夫婦関係にも当てはまる。そして、自分の心の持ち方についてあれこれとイメージすると、どうしてもある思いが脳裏に浮かぶ。「妻こそ箱に入っているではないか」と。この本はそれに対する答えも用意してくれている。「自分が箱の中にいることによって、他の人たちをも箱に入れてしまう」と。

 ここで使われている親子の例がわかりやすい。夜遅く帰る息子に対し、母親は厳しく躾けようと口うるさく言う。すると、息子も面白くないので、家に帰りたくなくなり、ますます帰りが遅くなる。車を貸してくれと頼まれ時、母は息子に門限を課すが、きちんと門限を守った息子に対し、褒めるどころかタイヤを軋ませたなど他のアラを探してしまう。相手を責めている自分を正当化するには、相手が責めるに足る人間でなくてはならない訳で、考えてみればこの母親のような対応はごく普通のものであると思われる。

 こうした箱からどのように脱出したら良いのか。
それは他の人が間違ったことをしていると言う点に注目するのではなく、どのような正しいことをすればその人に手を貸せるかをよく考えることだとする。また、他の人が手を貸してくれるかどうかを気に病むのはやめ、自分が他の人に力を貸せているかどうかに気をつけることだとする。

 我が家の夫婦関係を見るに、ずいぶん当てはまっていると読みながら感じる。我が家も夫婦でしっかり箱に入っている。 思うに、ここにある人間関係はよくあること。回避できるものであれば回避したい。我が身にも当てはまるだけに、この本に書いてあることをまずは実践して見たいと思う。
短いものの、ヒントにあふれた一冊である・・・



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2016年07月09日

【小泉今日子書評集】小泉今日子



キョンキョンといえば、ほぼ同世代の私にとっては、なんてったってアイドル。今は亡きブラウン管の向こう側で華やかなスポットライトを浴びていたのを思い出す。さすがに今はアイドルではなく、たまに映画だとかドラマだとかで姿を見かける存在であった。そんなキョンキョンは、キョンキョンという愛称からしても、「書評」とは程遠い存在であるはずだったのだが、それがなんと立派な書評家だったらしい。

読売新聞を購読していない我が家では、それも無理からぬところなのであるが、小泉今日子はなんと読売新聞の読書委員を務めていたとのこと。さらにそれにとどまらず、「余人をもって代えがたい」と評価され、通常2年任期のところを5期10年務めたという。その文章を読んでみれば明らかであるが、「余人をもって代えがたい」のは、元アイドルという肩書きではなく、書評の実力であるから、これはもう驚き以外の何物でもない。

実際、文章を読むとそれも納得で、選挙で担がれるタレント候補などとは全く異なる、100%実力の結果である。そんな小泉今日子が本を読むのが好きになったのは、忙しかった10代の頃、人と話すのが億劫で、本を読んでいれば話しかけにくいだろうと本を読み始めたからだという。それほど親しくない人と話すのが、やはり億劫な私にはその気持ちがよくわかる。

冒頭の言葉が早速目を引く。10年読書委員をやり、自ら読み返すと、「その時々の悩みや不安や関心を露呈してしまっているようで少し恥ずかしい」と語る。そういうものを込められているのであれば、それは見事であると思う。そして続ける。「でも、生きることは恥ずかしいことなのだ。私は今日も元気に生きている。」素直な言葉が爽やかに伝わってくる。

肝心の書評はといえば、冒頭はそれらしくない。小泉今日子の独り言のような形で始まるのだが、実はもうそれが書評の始まりなのである。
「誰だって、昔は女の子だった。おばさんだって、お婆ちゃんだって。女の子という骨組みに贅肉のようなものを少しずつ纏って女になっていくのだ。」(『しゃぼん』-29歳の“女の子”の話-)
「人を愛する決心。愛される覚悟。本当の意味でそれを知っている女性は、今の世の中にどれだけ存在するのだろう。残念なことに私はまだそれを知らない。」(『沢村貞子という人』)
「嬉しい時、犬は尻尾を振る。あんまりにも嬉しいと、ブンブンブンブン尻尾が飛んで行ってしまいそうなほど激しく振る。」(『さくら』-サクラという犬の話-)

書評というのは、普通それを読んでそこで採り上げられている本を読もうか読むまいか、その参考にするものだと思う。これまでそれが普通だと思っていたし、自分の読む本は大抵そういう書評に影響されている。いい本に出会って、読んでよかったと思う本はたくさんあるが、その本を勧めてくれた書評を覚えているものは一つもない。だが、この小泉今日子の書評はちょっと違う。ページをめくるごとに、どんなことが書かれているかが気になるのだ。「どんな本が採り上げられているのか」ではなく。あえて「書評集」などと一冊の本にした意味はそこにある。

「小説は私のタイムマシーンだ。ページをめくれば、どこにでも、どの時代にも旅することができる。とても贅沢で、かけがえのない時間。・・・・・そんな思いで最後のページを閉じ、私はタイムトラベルを終えた。」(『漂砂のうたう』)
実にうまいと思う。そして流れるような文章とともに、この本を読んでみたいと思う気にさせられる。本を読んでいるのか、本を勧められているのか、よくわからなくなる。いつも持ち歩いている手帳には、「積ん読リスト」のページがある。これは、と思った本のタイトルを書き留めているのである。そのリストが一気に増えてしまった。

書評家小泉今日子オススメの本を、これからゆっくりと読んでいきたいと思うのである・・・


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2016年05月29日

【松本零士が教えてくれた人生の一言】宮川総一郎



第1章 意志を貫け!〜人生におけるここ一番の決断の時に〜
第2章 人生の意味を知れ!〜有限の時間を生きる〜
第3章 おおいに悩め!〜青春の時間は全て人生に必要な時間だ〜
第4章 自由を貫き通せ!〜自分の全てに責任を持って生きる覚悟〜
第5章 自分の中の血の記憶を知れ!〜過去から受け継いで来たDNAの力〜

先日、『松本零士未来へ翔び立つ名言集』を読んで妙に懐かしくなり、続けて手に取った松本零士を取り上げた一冊。

著者は、もともと漫画家を志し、松本零士のところに原稿を持ち込んだりと早くからファンであったらしい。今はゲームの会社を作り、松本零士の漫画のキャラクターなどを扱っているようである。そんな著者が、松本零士の漫画を振り返って語っている。基本的に『松本零士未来へ翔び立つ名言集』とそのエッセンスは同じである。

松本零士の漫画は、やはりその根底に流れる「信念を持った生き方」が大いに読む者の心を打つ。それをいろいろな漫画を題材に語る。
・信念を持って命がけでやるなら、できないことなど何もない
・可能性を最後まで捨てるな
第1章は、「銀河鉄道999」と「宇宙戦艦ヤマト」から引用される。
素直にそのまま受け取れるなら、己の人生においても有益なことだと思う。

・今の自分にできないからと言ってそれが結論ではない。いつか必ずできる日が来る。
・人には生まれの不平等がある。それを乗り越えて生きろ。
・今の自分が認められていなくとも、あきらめるな。
「男おいどん」に加え、著者が松本零士ご本人から言われた言葉も紹介されている。「男おいどん」は、明日を信じて歯を食いしばって必死に生きる男であり、若い頃には特に励みになるのである。

・人に流されたり従ったことで、自分の人生を棒に振るのは愚かなこと
・リスクに怯えて縮こまるな。リスクを乗り越えて人生の成功をつかみ取れ
・他人を理解しろ。そうすれば自分の苦しみも挫折もわかってくる
若い頃は、何の疑いもなく自然に受け入れられるが、年を経て色々と経験を積んでくると段々と難しくなってくるものがある。サラリーマンになると、ついつい居心地の良いところから出たくなくなったり、出るのが怖くなったりするものである。「そうは言うけど・・・」という言い訳がついつい出てくるのである。

・自分が今を生きている事は過去の先人たちの歴史に乗っている事だ
・人は自分一人で何かを成せるわけではない。しかし、自分がまず成し遂げていかなかったら誰も代わりにはやってくれない
・今の自分が想像できる高みまでは、自分が生きているうちにたどり着く事ができる。それを信じて努力を続けていける気持ちさえあれば、必ず成し遂げられる

過去から未来へという時間の流れの意識というのも、松本零士の漫画の一つの特色とも言える。明日を夢見て頑張るという気持ちを持たせてくれるのである。「戦場漫画シリーズ」も好きな漫画の一つであるが、理不尽な環境下で死ななければならない身の男たちが語る言葉は子供の頃の私の心に響いたものである。

全編から著者の松本零士への敬慕が伝わってくる。それに接していると、昔何度も読み返した漫画をまた読みたくなってしまった。私の弟などは、全く好きでなかったから、人それぞれ好みがあるのは確かであるが、同じ好みの著者とは気が合いそうである。私の人格形成にも大いなる影響を与えた松本零士の漫画。「漫画を馬鹿にするなかれ」という私の信念を改めて確認させてくれた一冊である・・・

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2016年05月14日

【「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告】エマニュエル・トッド



1. ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る
2. ロシアを見くびってはいけない
3. ウクライナと戦争の誘惑
4. ユーロを打ち砕くことができる唯一の国、フランス
5. オランドよ、さらば!-銀行に支配されるフランス国家
6. ドイツとは何か?
7. 富裕層に仕える国家
8. ユーロが陥落する日

著者はフランスの歴史人口学者・家族人類学者だというが、正直言ってその肩書きはよく分からない。どういう人がどういう立場で主張しているのか、よく分からないところが読む前に不安に思ったところである。そんな本書は幾つかの論文をまとめたものらしい。刺激的なタイトルに惹かれて手に取った一冊。

タイトルにある通り、ドイツの脅威を謳った内容であるが、二つの世界大戦で敗戦したドイツは確かに経済的には大国に入るのだろうが、現在ではどうもピンとこない。しかし、著者によれば、現在のヨーロッパはドイツがコントロールしているという。そしてフランスのオランド大統領は、「ドイツ副首相」だと手厳しい。「ドイツというシステム」は、驚異的なエネルギーを生み出しうるとする。同じことは日本やスウェーデンなどについても言えるらしいが、それは「フランスには制御できない」とする。

ヨーロッパは「ドイツ圏」であり、今後20年の間にアメリカとドイツの間に紛争が起こるだろうとしている。力を持つとドイツは非合理的に行動し、ロシアが崩れればウクライナまで「ドイツシステム」が広がり、だからこそアメリカにとってロシアの崩壊こそ恐れなければならないとする。ウクライナ問題の原因はロシアではなく、ドイツであるという。このあたりの主張は、そのまま受け入れていいものかどうか躊躇を感じるところである。

そんな著者は、かつて「乳幼児死亡率」の上昇からソ連の崩壊を予測したらしい。現在のロシアは乳幼児死亡率は低下し、出生率が上昇している。広大な国土に大勢のハイレベルの科学者たちを要するロシアは無視できない存在で、米露の協調こそ世界安定の鍵だとする。ロシアが好戦的になることはありえず、そんなロシアを含むヨーロッパにとってもアメリカなしでは安定できないという。

著者は自国の大統領にも手厳しい。オランド大統領は「マルク圏」の「地方代表」に過ぎず、民間金融機関は、「政府債務を発明」し国家をコントロールしている。それはドイツもしかりで、真の権力中枢はメルケルではなく、ドイツ経済界だとしている。フランス人が発明したユーロは、ドイツが利用し、今やドイツの最大の貿易黒字はユーロ圏内にて実現している。

ピケティも主張した格差の拡大も明らかで、「市場とは最富裕層のこと」、「政府債務は富裕層の集金マシーン」とし、1%の富裕層に奉仕する国家が出来上がってしまっているとする。そんな諸悪の根源がドイツであり、ドイツ経済がヨーロッパの民主主義を破壊する危険もあり、ストップをかけるのがフランスの役目だと主張する。

確かに主張されているところは理解できるところもある。ただ全体としてどうなのかはよく分からない。ヨーロッパとの距離の差が、温度差を招いているところがあるかもしれないし、日本でも異論を吐く人はいる。ただ、日本については記述が幾つかあり、それには興味を惹かれた。
・日本とロシアの接近はエネルギー的、軍事的視点から見ても論理的
・ドイツの輸出力は途轍もないとはいえ、技術の面で日本のレベルには及ばない
・日本社会とドイツ社会は、元来の家族構造も似ており産業力が逞しく経済面でも類似
・日本の文化は他人を傷つけないようにする、遠慮するという願望に取り憑かれている

ドイツに対する批判はともかくとして、一つの意見としては実に参考になる一冊である。今後ニュースを見る時に、頭の片隅に置いておくにはいい一冊である・・・

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2016年02月07日

【新軍事学入門 平和を望むのなら、戦争の準備をせよ】飯柴智亮/佐藤優/内山進/北村淳/佐藤正久



序章  なぜ、軍事学だけ抜けたままなのか?  
第1章 国家戦略の基本とは
第2章 日本に外交戦略はあるか
第3章 空軍戦略と「基本の7条」 
第4章 海上自衛隊戦略と「防衛三線」
第5章 海自作戦編-米海軍は空母・海兵隊を出さない
第6章 自衛隊戦術編
第7章 陸上自衛隊戦略とトランスフォーメーション
第8章 基本は外交、背後に剣
終章  「普通になれない国」の政治の闇

この本を手に取ったのは、何よりもサブタイトル「平和を望むのなら、戦争の準備をせよ」に惹かれたからに他ならない。
昨年の安保法案をめぐる議論でも、どうにも違和感を禁じえなかったのは、「目をつぶって反対」というスタンスであった。
賛成であろうと反対であろうと、「しっかり見据える」必要があると思うのである。

まずは、基本的な考え方が示される。
「国際関係論で過去の戦争の教訓を学び、国際政治学で戦争を避けるための外交交渉を学び、それでも戦争になった時に備えて軍事学に基づいた勝つ方法を考える」
とあり、「戦争ありき」ではない。
さらに、軍事好きのミリタリーマニアが、兵器のカタログデータに基づいて優劣を比較する「スペック論争」を明確に否定し、ミリオタ向けの本ではないと謳う。

この本は、聞き手が各専門家に意見を伺う形で進んでいく。
登場する専門家は、元米陸軍大尉、元外務省主任分析官、米空軍予備役少佐、米シンクタンク海軍戦略アドバイザー、参議院議員、いずれも日本人である。

元米陸軍大尉は語る。
日本列島は、アメリカと中国の間に位置する。
今や世界を二分する両勢力であるが、「日米同盟とは、日本列島と日本民族は米国民の盾であり、都合が悪くなったら使い捨てられる」ことを認識すべしと。
よくよく考えてみれば当然なのであるが、よく認識しておかないといけない。

日本には国家戦略がないとされる。
国家戦略を形成するのは、DIMEである。
すなわち、Dipromatic、Influence、Military、Economy であるが、日本は憲法の関係でMilitaryに目を背けがちである。

例えば海外に自衛隊を派遣した際、自衛隊員がもしも1名でも殺されれば、すぐ撤退議論が出てくる。
となると、敵はたった1名を殺すだけで一国を撤退に追い込めるわけで、核ミサイルを搭載した原潜を一隻撃沈するのと同じ効果を得られるとする。
素人でも想像できるだけに、言われてみればなるほどである。

さらに日本外務省の外交戦略の問題点も指摘される。
そこにあるのは一人の外務官僚の出世が重視されているということ。
どんな軍隊も政治がしっかりしていないと力を発揮できない。
知らぬが仏ではないが、こうした指摘はどこまで正しいのか、ちょっと怖い気もする。

意外だったのは、自衛隊も米軍に勝るところがあるという指摘。
例えば、アメリカは陸海空で士官学校が分かれているが、日本は防衛大学が1つのみ。
これは統合戦闘のための士官養成機関としては最適なのだそうである。
さらに海自の潜水艦は、ディーゼル艦であるがゆえに低音で敵に探知されにくいとのこと。
米海軍はすべて原潜であり、特に待ち伏せにおいてはこの威力は米軍を上回るとのこと。
さらに一部では有名な掃海力も米海軍を凌駕するとのこと。

一方、米軍では決してやらない島嶼奪還のための上陸作戦を日本は念頭に訓練と兵器調達を行っているとのこと。
理屈を聞けば問題感が残る。
日本防衛の弱点は原発で、通常のミサイルでも核弾頭と同じ効果が得られると聞くと、お隣がお隣だけにちょっと恐ろしくなる。

また、陸上戦力は防衛という意味ではあまり役に立たないという。
戦車が有効なのは北海道だけであり、いざ出番という事態ではもう終わりだという。
だから陸上の兵力を削減し、その分海と空に回すべしという指摘は、専門家でなければわからないところ。
原発攻撃の不安も、空と海さえちゃんと守れば大丈夫らしい。

非核3原則ならぬ5原則には複雑な心境である。
すなわち、「持たず、作らず、持ち込ませず」に加えて「考えない、見たくない」であるが、これなども議論の必要性を感じる。
ここに書かれていることは、「どうやって守るか」ということ。
よく読めば、内容の良し悪しはともかくとして、よく考えないといけないこと。
多分、安保法制に反対した人たちは、タイトルだけ見て批判するだろう。

「戦争の準備」というのは大げさかもしれないが、軍事をすべてタブー視するのも間違っている。
しっかり見て議論する必要はあるだろう。
最悪なのは思考停止。
そうならないためにも、一読しておきたい一冊である。

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2015年06月02日

【モノの原価がまるごとわかる本】ライフ・リサーチ・プロジェクト編



第1章 「身近な商品」の不思議な原価の話
第2章 激変する「モノの値段」の裏に何がある?
第3章 原価でわかる日本の「今」と「これから」
第4章 経済の「ウラの仕組み」が見える原価の秘密
第5章 モノの原価から読み解く「業界地図」

大概の本はタイトルを見てその内容を想像する。
そして内容にはタイトルだけでは表せきれないものを想像し、期待する。
そんなプラスアルファの期待を込めて手に取った一冊であるが、見事に期待を裏切られてしまった。

いや、正確に言えば内容はタイトル通りであり、嘘はない。
勝手に期待した方が悪いのである。
「モノの原価がまるごとわかる本」がこの本のタイトル。
そして、内容はその通りであるが、ただ「モノの原価以外には何もわからない」という但し書きがつくのである。

初めに、「身近な商品」ということでいろいろ紹介される。
例えば冒頭は駅の立ち食いそば。
「原価は麺が30円、ダシ20円、それにネギを乗せて計60円弱といわれている」とある。
かけそばの売値が250円とした場合の原価は、まあ上記の通りだとしよう。
「だから?」と思うも、それだけで、「ハイ、次」である。
その連続。

確かにモノの原価がわかる。
ただ、それを「あれはいくら」、「これはいくら」と延々と続けられると、辟易してしまう。
一体この本は何を訴えようとしているのだろうか。
単なる雑学だろうか。

そもそもであるが、原価がわかったところでどうだと言うのだろうか。
そこに大きな意味はない。
かけそばの原価が1杯いくらかわかったところで意味はないし、そもそもその「1杯いくら」ですら、前提が変われば変わるものである。

まぁ仮に長く商売していれば、平均値も一定してくるので、原価も決まるとしよう。
だが、商売は1杯ではない。
1日何杯売れたか、1週間で何杯売れたか、1カ月ではどうか。
人件費も加われば、賃料や水道光熱費などの固定費もかかる。
それらをトータルして収益状況を出さないと意味はない。

そういう風に考える人にとっては、大まかなそば屋の採算までわかった方がいいし、それには1杯当たりの原価だけでは中途半端である。
まぁ知らない人には雑学としては面白いのかもしれない。
「バイキングは食材の廃棄ロスが少ないから店にとってもオイシイ」
「清涼飲料水は容器代が最も高い」
「ドリンクバーは集客メニュー&高収益商品」
「映画の入場料金1,800円でも高いとはいえないウラ事情」
など、確かに雑学としての面白さはある。
ただ、それ以上のものはない。

看板に偽りはないのであるが、ちょっとがっかりしたことは事実である。
ふだんあまり、モノの原価などというものに関心がない人にとっては、雑学的な面白さはあるかもしれない。
そういうつもりで、手に取るべき一冊である・・・
    
posted by HH at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする