2018年07月28日

【藤十郎の恋・恩讐の彼方に】菊池寛 読書日記942



恩を返す話
忠直卿行状記
恩讐の彼方に
藤十郎の恋
ある恋の話
極楽

蘭学事始
入れ札
俊寛

菊池寛の名前は一応知ってはいたが、小説となると読んだことはなく、どこかで読んでみたいと「積ん読リスト」に入れておいたもの。本作はすべて時代劇の短編集である。

「恩を返す話」は、島原の乱の鎮圧に赴いた戦場で主人公の甚兵衛が敵に不覚をとり、同藩の惣八郎に救われるところから始まる話。実は甚兵衛は宗八郎に対し、あまり快く思っておらず、命を助けられたのがどうも心に重しとなってしまう。そこで今度は助け返そうと試みる・・・
「忠直卿行状記」は、家康の孫である越前少将忠直卿が、幼き頃より何をやっても藩内随一の腕前であり、己の力に自信を持って成長するが、ある晩家臣たちの話を立ち聞きし、家臣たちは自分に花を持たせるためにわざと譲っていたのだと知り、愕然とする話。

「恩讐の彼方に」は主人を斬って逃走した男が、悪事を働きながら生きて行くが、やがて思うところあって出家し、とある村で村人たちの窮状を知りトンネル造りを決意する話。
「藤十郎の恋」は、狂言役者の藤十郎がライバルとの争いで劣勢になる中、新たに近松門左衛門の不義をテーマとした作品を演じることになるが、不義密通の経験などない藤十郎はどう演技するかに悩み、そしてある宴席の晩、思い立って顔見知りの女将に告白をする話。

「ある恋の話」は、商家に嫁いだ女が芝居役者に惚れる話。芝居小屋に日参する熱心さであったが、ある時その役者の素の顔を知って興ざめしてしまう。しかし、役者としての魅力は変わらず贔屓を続けるが、今度はその役者が逆に女を見染めてしまう・・・
「極楽」は、死後極楽浄土へ昇天した老女が、そこで喜びの日々を送るが、やがて単調な毎日に飽きがきてしまう話。

「形」はわずか4ページの短編。戦場で敵味方に一目置かれた武士の正体。自分の鎧兜を請われて貸した男がそれに気づいた時には・・・という話。
「蘭学事始」は解体新書を翻訳した杉田玄白の話。完璧主義と走りながら考えるスタイルの違いが描かれる。これは現代のビジネスにも相通じる教訓的な話でもある。

「入れ札」は、国定忠治の物語。追っ手を逃れて隣国に逃げ延びる国定忠治とその子分たち。しかし、大人数での逃走は困難であり、忠治は心に思う3人を連れて行きたいと思うが、他の子分の手前自分からは指名できず、やむなく「入れ札」という手段に出る・・・
「俊寛」は、孤島に島流しにあった僧俊寛が、共に流された2人が許されて帰って行く中、孤独の中から生きる目的を見い出して行く話。

どれも短い話の中に、ピリリと光るものが入っている。特に表題作である「恩讐の彼方に」は深い味わいがある。主人の寵妾と恋仲になり、それが主人の知るところとなり、まさに成敗されようとした時に、正当防衛とは言え主人を逆に斬って逃走した市九郎。生きて行くためとは言え、旅人を殺して金品を奪う生活をしていたが、ともに逃げた女のあまりにもの浅ましさと罪の意識から女の下を去って出家する。そこからの改心の姿。やがてかつての主人の息子が仇を求めてやってくる。その結末には実に深い味わいがある。

「忠直卿行状記」も考えさせられるものがある。今まで自分こそが一番だと思っていた忠直卿が、実はそれは家臣が皆手加減をして譲っていたのだと知る。ならばと、家臣と真剣で斬り合おうとするが、家臣からすれば主人を斬ることなどできず、自ら斬られての死を選ぶ。それがまた忠直卿の不満へとつながる。何をしてもどんなに理不尽をしても周りは黙って従う。封建制の常といえばそれまでであるが、忠直卿の心理にもよく共感できるところがある。

小粒でもピリリと辛い作品群は、さすがに現代まで名前と作品の残っている作家ならではだと思う。折に触れ、こういう作家の作品も読んで生きたいと思わせてくれる一冊である・・・






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2016年08月08日

【短編工場】 読書日記692



【かみさまの娘】桜木紫乃
【ゆがんだ子供】道尾秀介
【ここが青山】奥田英朗
【じごくゆきっ】桜庭一樹
【太陽のシール】伊坂幸太郎
【チヨ子】宮部みゆき
【ふたりの名前】石田衣良
【陽だまりの詩】乙一
【金鶏のもとに】浅田次郎
【しんちゃんの自転車】荻原浩
【川ア船】熊谷達也
【約束】村上由佳

 タイトルにある通りの短編集。それも1人の作家の手による短編集ではなく、その名も知れたる作家たちの手による短編集であり、なんとも贅沢といえば贅沢な短編集である。共通項といえば、2000年代に「小説すばる」に掲載されたという点らしい。初出を見ると古いので2000年、新しいので2008年とあるから、ちょっと前のものである。しかし、「小説すばる」なんて読まないので、もちろん、ほとんど読むのは初めてである。

「かみさまの娘」は、母と離れて働く娘が、母の訃報を受け取るところから始まる。母は生前霊能者のような振りをして、相談料をもらうようなことをしていたという。そんな「かみさま」をしていた母に反発していた娘の心境を綴ったもの。道尾秀介の作品は、これからちょっと読んでいきたいと思っていたので期待していたのであるが、わずか5ページで終わってしまった。

「ここが青山」は、14年勤めた会社が倒産した男の話。「人間いたるところ青山あり」という諺がキーワードになっている。「人間」を「じんかん」、「青山」を「せいざん」と読むということを改めて思い起こしてくれる。再就職よりも、むしろ主夫業に喜びを見出していく主人公に、妙に共感してしまう。「じごくゆきっ」は、生徒と逃避行に走る教師の話。

「太陽のシール」は、唯一読んだことのある作品。かつて読んだ『終末のフール』の一編である。そういえば、伊坂幸太郎を読まなくなって久しい。「チヨ子」は、宮部みゆきの作品。ウサギの着ぐるみを着たアルバイトの女性が、着ぐるみを通すとその人がかつて愛玩したおもちゃの姿で見えるという物語。

「ふたりの名前」は同棲カップルの話。別れる時に揉めないようにと、互いの持ち物に名前を書いていているふたりが、ある日子猫をもらってくる。子猫が急病となったのを契機に、ふたりの未来が明るくなる。読んでいるこちらの心も温かくなる、石田衣良のテイスト溢れる作品。「陽だまりの詩」は、近未来絶滅に瀕した人類の話。死の病原菌に侵された男が、自分を埋葬するため、アンドロイドを造る。

「金鶏のもとに」は、浅田次郎の作品。戦地から帰還した主人公が、廃墟でなりふり構わず生き抜く男たちと過ごす。決してきれいごとだけでは生きていけなかった世界。似たような話が溢れていたんだろうなと想像してしまう。「しんちゃんの自転車」は、オカルトの入った話。何気なく読んだが、考えてみればちょっと怖い。

「川ア船」は、ちょっと長い一編。タラ漁に携わる親子の物語。戦後間もなくのどこか東北の話であろう、全編にわたる方言が心地よく、そしてラストの父親の愛情に思わずホロリときてしまう。最後の「約束」は、仲の良かった同級生4人の物語。1人が病に倒れ、治療法がないと言われるその友を治すべく、残りの3人はタイムマシンを作り始める・・・

短編集とはいえ、名の知れた作家の作品をまとめて読めるというのは、贅沢な気持ちがする。多分この本を出版した意図もそこにあるのかもしれない。「これが良かった」という一品を選ぶとしたら、「川ア船」だろうか。板子一枚下は地獄と言われる漁師の生活。その中で父子の対立があり、そして親子の愛情がある。思わずホロリとさせられたところが良かったところである。作者のことは知らなかったから、今度は他の作品を読んでみようかという気にさせられた。

お馴染みの作家の作品を楽しむのもよし、そして今まで読まなかった作家の作品を楽しむのもよし。しかしながら、個人的には「新しい作家との出会い」という意味で、意義ある短編集であったと言える一冊である・・・

   
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2010年09月23日

【Invitation 】小池真理子他 読書日記104


Invitation

Invitation

  • 作者: 江國 香織
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/01
  • メディア: 単行本



    
「蛾」江國香織
「巨人の接待」小川洋子
「天にまします吾らが父ヨ、世界人類ガ、幸福デ、ありますヨウニ」川上弘美
「告白」桐野夏生
「捨てる」小池真理子
「夕陽と珊瑚」高樹のぶ子
「カワイイ、アナタ」高村薫
「リハーサル」林真理子

8人の女流作家による8本の短編集。
たまたま見つけて手に取った。
それぞれの短編には何か共通点はあるのだろうかと、探してみたがとくにこれといったものはわからない。
何だろう。

「蛾」「巨人の接待」は何か不可思議な雰囲気の話。
現実感が伴わず、一体何なんだろうと首を傾げたくなる。
ちょっと期待した桐野夏生の「告白」も江戸時代初期の異国で偶然出会った日本人同士の話。縛られたまま昔話を聞かされるヤジローの恐怖と戸惑い。短編なだけに続きはご想像というところはちょっと辛い。

小池真理子は期待通り。
夫に黙って出ていく妻。
夫の留守中に引っ越しをする。
引っ越し業者の男と話しながら、妻の心の動きを丁寧に描写。
マンションの数ある部屋の中から、理由もなく選び出した一つの部屋にある物語。
たくさんある物語の一つを淡々と語る。
味のある作品だ。

「夕陽と珊瑚」はヘルパーさんと認知症の老人のちょっと怖い話。
インパクトがあって良い。
「リハーサル」は50を過ぎて女の終わりを感じる女性のお話。
男であっても似通ったものがある。
ちょっと我が身に置き換えてしまう。

それぞれがそれぞに持ち味が異なり、いろいろな変化球が飛んでくるバッティングセンターの打席に立っているよう。
まあこういう短編も時間のある時にはいいものだと思わせてくれる一冊である・・・





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2010年03月06日

【再生】石田衣良 読書日記47


再生

再生

  • 作者: 石田 衣良
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2009/04/23
  • メディア: 単行本




再生
ガラスの目
流れる
東京地理試験
ミツバチの羽音
ツルバラの門
仕事始め
四月の送別会
海に立つ人
銀のデート
火を熾(おこ)す
出発

石田衣良は近年薦められて知った作家である。
例えて言うと「サイダーのような小説を書く作家」というイメージがある。
透明なのだが、飲むと手応えがある・・・

そんな石田衣良の短編集。
「再生」というタイトルにあるように、納められている12の短編はすべて、「再生」の物語である。
幼い子を残して妻が自殺してしまった男。
二人きりの生活もそろそろ限界を感じている。
そんな彼の元に妻の友人がメッセージを持ってくる・・・

障害を持った子供を抱えた妻を残して家を飛び出してしまった男。
同棲相手に突然別れを告げられた女。
定年退職したが、手持ち無沙汰にタクシー運転手に応募した男。
派遣社員に障害児の母。
街中で会ってもみんな人混みに紛れて目立たないような人々たち。
みんなどこかに何かうまくいかない事を抱えている。

そんな人々が最後に小さな幸せを掴むストーリーの数々。
ハッピーエンドというほど大げさなものではない。
感動の涙が溢れるというほどではない。
ただほんのりと暖かい気持ちが、最後に残る。
まさに「再生」なのである。

一流企業に勤めている父と、父の期待に反して派遣社員になった息子。
最後にしっかりとした絆が生まれた「出発」が個人的には一番気に入った。
自分のお気に入りを探してみるのも面白いかもしれない一冊である・・・




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2010年01月10日

【家族の言い訳】 森浩美 読書日記31



ホタルの熱
乾いた声でも
星空への寄り道
カレーの匂い
姉の代わり
おかあちゃんの口紅
イブのクレヨン
粉雪のキャッチボール

著者は作詞家の森浩美。
名前は知らなくてもSMAPの「青いイナズマ」などの曲は知っている。
そんな作詞家が「いつかは小説」との思いを実現させたのがこの本らしい。
言葉を操るという意味では小説も作詞も変わらないのかもしれない。
しかし、ストーリーを紡ぎ出していくという作業が小説にはある。
作詞にもストーリーはあるのかもしれないが、表現する長さが違う。

というのは素人考えで、実はそう大きな差もないのかもしれないと読後に考えた。
実に隅々にまで目の行き届いたストーリーが続くからである。
内容は、といえば8本のショートストーリー。
すべてが「家族」をテーマにしている。
主人公は生活に疲れた母親だったり、ビジネスマンだったりと性別も年齢もバラバラ。
一体著者は男なのか女なのか、名前も微妙だしわからなかった。
それだけそれぞれに成りきって書き上げられている。
それは歌の世界にも繋がるものなのかもしれない。

作詞に通じるのか、直接的に表現しなくても登場人物たちの姿が浮かび上がってくる。
第1話の「ホタルの熱」にしてもそうだ。
主人公の母親は生活に疲れ果て、子供と心中しようと旅に出る。
しかし、そんな表現はどこにも出てこない。
ただ、二人の様子を見ているとそう思うのである。
母と子の短い会話と情景が切なく心に響いてくる。

家族をテーマにしているだけにどの話も温かい。
そして一見暗い話に思えても、最後はほっとさせられる。
どれもこれも著者の温かい眼差しが感じられる。
一話一話も短めで簡単に読める。
『車いすのパティシエ』よりも心が温かくなる事は間違いない。
一読の価値ある一冊である・・・




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