2017年02月23日

【参謀−落合監督を支えた右腕の「見守る力」−】森繁和



序 章 投手会の夜
第1章 なぜしぶといチームは完成したのか
第2章 教えるより考えさせるコーチ術
第3章 落合博満監督の凄さ
第4章 参謀の心得
終 章 選手への愛情は決してなくさない

 著者は、元中日ドラコンズのヘッドコーチ。落合監督の下で8年間苦楽を共にした方で、サブタイトルにある通り、「右腕」としての8年間から得たものを語った一冊である。
プロ野球をほとんど見なくなって久しく、したがって著者の現役時代(1979年〜1988年)はもちろんのこと、そのすぐ後のコーチ時代(西武→日本ハム→横浜)のことも中日に移ってからのこともほとんど知らない。まさに、「落合監督の下でこれを支えた」という一点に興味を持って本を手にした次第である。

 落合監督といえば、やはり2007年の日本シリーズの完全試合目前のピッチャー山井を変えた采配が印象深い。著者はまずそれを冒頭で語る。「非情な采配」と言われたが、実は交代を決めたのは著者だという。山井はマメを潰しており、本人から「岩瀬さんでお願いします」と言われたという。本人が「投げる」と言えば、著者はたとえ監督が反対しても投げさせたというが、本音は「交代」であったため、本人の申し出はありがたかったという。のちに落合監督も「山井に救われた」と語ったそうである。実に興味深い裏側である。

 著者は、横浜のコーチをしているシーズン終了間際に、落合監督から電話をもらい誘われたという。落合監督は、そうして誘った著者の契約期間を3年とし、報酬も球団と交渉して相場よりも高くしたという。そんな裏事情も興味深い。そして「ピッチャーのことはわからないから」と言い、著者にすべてを任せたという。著者はそんなやり方に、意気を感じたようである。だから、日本シリーズの采配に際しても、落合監督が批判にさらされたことを悔やんでいるのである。

 本の表紙に写る著者は、顔もそうだが、コーチとしては怖いのだと言う。しかし、落合監督からは、「絶対に手を上げるな」と言われたらしい。それは「選手が監督やコーチの顔色や機嫌を見て動くようになってはいけない」と言う考えらしい。落合監督自身、若い頃暴力的な指導に反発した経験があるからのようで、こう言う監督の側面は、『采配』には出てこなかったと思うが、別の角度から見た落合監督の姿として興味深い。

 そんな監督の下で、組織づくり体制づくりをした経験から、そのポイントは3つあるとしている。
1. すべてを任せられるトレーニングコーチ
2. 1軍と2軍の情報共有、コミュニケーションをよく取れるようにしておくこと
3. シーズン中も練習をしっかり欠かさないこと
1は意外や意外と言う気がする。選手は調子が悪くても、それを言わないことがあるらしいので、選手の管理という面で大事だということである。2はどんな組織でもやはりそうなのだと思う。3をわざわざ挙げるということは、出来ていないところが多いということだろう。

 著者は投手の起用を一任され、監督からそれを覆されたことはなかったという。こうした権限移譲は、今の自分の仕事でも参考になる。そしてやはりコーチとしての最大の責務は選手の指導育成だと思うが、自分は選手を「育てた」というより「潰さなかった」のだと語る。謙遜しているのかもしれないが、選手としっかりコミュニケーションを取り、「こうやれ」ではなく「こういうやり方もあるよ」と「教えるより考えさせるコーチング」を実行したという。サラリーマンでも、部下の育成にも言えることではないだろうか。

 落合監督が成功した要因は、すべて自分でやるのではなく任せることの重要性を理解していたことだという。そして判断基準は、「優勝のために是か非か」で組織づくりをしており、そのシンプルさが良かったとする。指導に際しては、「監督の言葉を借りるだけの指導は簡単だが責任逃れ」とし、「自分が任されているなら部下にもしっかり任せて責任を取る」としたらしい。こういうやり方は、サラリーマン社会でも効果があるのではと思う。

 プロ野球関係者の本は、読んでいても興味深く、そして得られるものも多い。野村監督の本などはその最たるものであるが、こういう自分が全く知らない人でも同様である。
『采配』とセットで読みたい一冊である・・・


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2016年03月24日

【不動心の魂】五郎丸歩



プロローグ 日本代表最多得点記録更新
第1章 福岡から佐賀 少年時代
第2章 早大時代
第3章 ヤマハ時代
第4章 エディー・ジャパン
エピローグ 不動の魂

著者は、ラグビー日本代表のフルバック。
昨年のワールドカップ・イングランド大会で、「五郎丸ポーズ」ですっかり有名人になってしまったのは、今や誰もが知るところ。
ワールドカップ人気で出版かと思いきや、先日読んだエディーさんの本と同様、ワールドカップの前年に出版された本であると知ってちょっと驚く。
よく出したなと出版社の英断を称えたい気分である。

内容は、五郎丸本人による半生記。
3人兄弟の末っ子で、兄の影響もあって3歳の時からラグビースクールに通う。
小学校時代は一時サッカーに行くも、1歳上の次兄の強い引きでラグビーに戻り、ともに地元佐賀工のラグビー部に進む。
そして兄弟で花園に出場する。

その花園で五郎丸は大きなミスをし、結果的にチームは敗北。
次兄にとっては高校最後の試合になってしまう。
ラグビーエリートにもそうした過去はあるものである。
それでも変な癖がつくこともなく、徹底して基礎を鍛えられた佐賀工時代の恩師にはその教えに感謝している。

そして大学は天下の早稲田へ。
次兄は当時早稲田と日本一を争っていた関東学院大学へ行き、兄弟は袂を別つ。
今はすっかり当時の輝きを失ってしまったが、関東学院と早稲田の戦いは観ていて面白かった。
フルバックの五郎丸のことも覚えている。
何せ変わった苗字だったせいであるが、今はすっかり帝京大学の陰に隠れてしまっている早稲田が輝いていたこの頃の印象が、今も強く残っている。

すでに早くも日本代表入りし、19歳で初キャップを獲得する。
元木や大畑、小野澤ら当時のジャパンの主力メンバーの中でのデビュー。
なんだか懐かしい気がする。
本を読んでいるだけで、試合を見ているような気分になる。

早稲田を卒業してヤマハにプロ選手として入社。
大学時代に引き続き、清宮監督と一緒になり、そして日本代表の監督がエディーさんに変わる。
清宮監督は早稲田時代に大きな影響を受け、そのためヤマハに清宮監督がくることになって、五郎丸も喜ぶ。
監督の影響はやはり大きなものなのだと思う。

そしてエディー・ジャパンの猛練習。
最初のエディーさんのプレゼンで、五郎丸はすっかり「世界トップ10入り」という目標に燃え立つ。
最近では、ストレングス&コンディショニング(S&C)という言葉を使うそうであるが、ウェートトレーニングとハードな練習で成果を上げていく。

昨年のワールドカップは、大して期待もせずに観戦していたが、この本を事前に読んでいたら、初戦の南アフリカ戦はかなり期待して観戦していたと思うと、ちょっと残念な気がする。
そして一躍日本中で有名になった「ルーティン」。
そこにもしっかりとページが割かれている。
つくづく、ワールドカップ前にこの本を出版した先見の明を称えたい気分である。

ラグビー好きには大変興味深い内容であるのはもちろん、にわかファンにも十分楽しめる一冊である・・・


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2016年02月04日

【もっとも新しいラグビーの教科書】土井崇司



第1章 ラグビーは15人対15人で戦うスポーツである 
第2章 いかにグラウンドを効果的に使うか
第3章 ラグビーは確率のスポーツである
第4章 すべてのプレーには意味がなければならない
第5章 理想を追求する理由
第6章 攻撃起点概論
第7章 スクラム
第8章 ラインアウト
第9章 キックレシーブ
第10章 ターンオーバー
第11章 ペナルティキック
第12章 連続攻撃

高校時代にラグビーを始め、大学・社会人と長きにわたってプレーしてきた私も、試合に出なくなって15〜16年。
今やすっかり「TV観戦専門」になってしまったが、ラグビーも時代を経てどんどん進化している。
「ショット」「リップ」「ハンマー」など、新しい用語も出てきたりしていて、「ラグビーをやっていた」というだけでは、いざとなった時に知らない人に教えることもできなくなるかもしれない。
そんな思いもあって、最新の知識を吸収すべく手に取ったのがこの本。

著者は、先日花園で全国制覇した東海大仰星高校の基礎を築き、現在は今年の大学選手権で準優勝した東海大学ラグビー部のテクニカルアドバイザーを務める人物。
読んでみると、なるほど「テクニカルアドバイザー」らしく、理論的な説明に満たされている。

ラグビーは数のゲーム
ディフェンダーひとり当たりの守る範囲が広がればアタック側の攻撃可能なポイントは増える。
面の揃っている相手ディフェンスに対し、
穴を開けに行くのか
スペースを作りに行くのか
スペースを作るためにボールをどのように動かすのか

言われるまでもなく、その通りなのであるが、ではそれを意識してやっているかと言うと、残念ながら自分はやっていなかった。
高校生の時に、こういう指導を受けていたら、だいぶ違っただろうと思う。

「ラグビーは確率のスポーツ、台本が重要」ということが、言い回しを変えて頻繁に語られる。
「セットプレーから数フェーズ先までのボールと人の動きをあらかじめ決めておき、それに沿ってプレーをすること」をシークエンスというが、これが大事だという。
「相手より先に動いて有利な状況を作るためにあらかじめ大枠を決める」=「判断基準と選択肢を作ってあげる」ことが、指導者の役割とする。
こんな考えのもと、例えばアタックエリアのマイボールスクラム(1試合あたり4〜7本程度ある)で150種類のアタックパターンを作っているという。
これが一流チームの姿ということなのだろう。

グラウンドを5つのエリアに分けて考えることは、普通に行われているかもしれない。
(私も現役時代はそうしていた)
・特定のエリアに相手の塊を作れば必ずどこかにスペースが生まれ、ミスマッチも生じる
・陣地戦を優勢に進め、精神的な優位性を長い時間保った方が勝利に近づく
・体力やスピード差に目先や角度を変えることで対抗する
・立ってプレーすると選択肢が増加する、その結果ボールを動かせるようになる
なるほどなるほどと頷くばかりである。

「足の向きを変えて抜くアタック」などは新鮮。
また、1試合のうち、攻撃の起点となるのは、スクラム15%、ラインアウト20%、キックレシーブ25%、ターンオーバー15%、ペナルティ+フリーキック20%など数字に基づいた理論的な説明には、自分たちとの違いを感じさせる。

「教科書」とある通り、ラグビーを知らない人が読んでもわからないかもしれない。
わかっている人が読めば、学ぶところは大きいだろう。
こういう指導を受けてみたかったとつくづく思う。
しかし、これからTV観戦するときには、ちょっと面白みが増すかもしれないと思ったりする。
ラグビー好きにはお勧めしたい一冊である・・・

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2016年01月21日

【コーチングとは「信じること」−ラグビー日本代表ヘッドコーチ エディー・ジョーンズとの対話−】生島淳



Try 1 コーチングはアートである
Try 2 アイデアをいかに生かすか
Try 3 数字を使いこなす
Try 4 勝つための組織作り
Try 5 革命の起こし方
Try 6 教育の価値を考える
Try 7 コーチング最前線
Try 8 ラグビーの世界地図-南半球編-
Try 9 ラグビーの世界地図-北半球編-

この本は、前ラグビー日本代表ヘッドコーチのエディ・ジョーンズを取材して、その考えをまとめた本である。
ラグビー日本代表といえば、昨年のワールドカップで、世界3位の強豪国南アフリカを破ったのをはじめとして、史上初の3勝を上げる活躍をしたことが記憶に新しい。

何せそれまでの7回のワールドカップで、日本代表は1勝しかできていなかったのであるから、まさに奇跡のような結果である。
その原動力と言われているのが、ヘッドコーチのエディ・ジョーンズであり、その秘密を少しでも知りたいとこの本を手に取った次第である。

そのエディさん、「コーチングはアート」だと語る。
具体的には、一つには「選手一人ひとりにとって何が必要なのか、それを見極める」のだという。
さらにグラウンドでは、下位10%の選手を中位に引き上げるのが大事らしい。
具体的に知りたいところだが、それは本だけだと難しいだろう。

エディ氏は、なぜ「監督」ではなく「ヘッドコーチ」なのかというと、「監督」は「ディレクター」であり、「チームをマネジメントによって運営する者」ということらしい。
したがって、ヘッドコーチこそがグラウンドでの総責任者ということになる。
言われてみれば、なるほどである。

語られる言葉は、ラグビーの技術的なことは参考になる。
例えば、「パスとキックの比率は11対1(他のチームの平均は4対1)」というようなことであるが、技術論以外にも組織そのものに参考になることも多い。
・コーチに必要なのは最終的な到達点のイメージ
・今日やるべきことに集中しなければならないのは当然であるが、リーダーというものは常に明日何をするか
を視野に入れておく
などである。

また、日本人は「自分が向上できる部分を探す」傾向が強いという。
「否定的な部分を探すのに慣れてしまっている」
「考えない習慣、頼り切ってしまう自主性のなさ」
など日本人ならではの欠点の指摘には、なるほどと頷かされる。
そんな選手たちには、「自分の強み・長所を意識しろ」と指導したらしい。
日本は軋轢を嫌う社会であり、とことんディスカッションするエディ氏の母国オーストニーラリアのチームとの違いが語られる。

ラグビーの好きな人はもちろん、組織論的な部分でも参考になるところは多い。
エディ氏は他競技にも多く学んでいるらしい。
グラウンドだけでなく、読書もかなりしているようである。
「ジャパンウェイ」と名付けたエディ・ジャパンの躍進には、それなりの理由があったわけである。
ちなみにこの本が出版されたのは、ワールドカップの前。

最後に紹介されているエディ氏の言葉が印象的。
「驚かせるんだ、歴史を変えるんだ。
日本代表が世界の舞台で結果を残せば、日本の文化は変わる」
まさにその言葉が現実となったわけで、改めてすごいと思わせられる。

エディ氏はヘッドコーチの座を去ったが、日本代表にはそのエッセンスが残っているだろうか。
日本代表の一層の飛躍を期待したくなる一冊である・・・
   
   
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2015年12月19日

【横綱の品格】双葉山 時津風定次



第1章 ゆくて遥かに
第2章 立浪部屋
第3章 同門の人びと
第4章 ひとすじの道
第5章 相撲のこころ
第6章 双葉山道場
第7章 力士と条件
第8章 交わりの世界

戦前の大横綱双葉山の自伝。
ご本人は昭和43年に亡くなっており、もう死後45年ということになる。
この本はかつて「相撲求道録」として出版されたものの復刻版ということである。

双葉山の生まれは明治45年。
大分県の出身。
小学生の頃、家を助けて船での運送業に携わっていたという。
父の事業がうまくいかず、進学を諦めて力士になることにする。
「お前もひとつ、相撲にならんか」と父親に言われたそうであるが、今とは異なる時代を感じられる。

立浪部屋に入門した双葉山は、稽古に精進する。
宴席に招かれた時、仲間たちが踊る中、一人踊らずにいて理由を問われた双葉山は、「相撲以外は稽古していないから踊れない」と答えたという。
さらには仲間と競い合って早起きし、暗いうちから稽古場に立ち、しまいには朝の4時から稽古をするようになると、「早すぎる」と師匠から小言を頂戴したという。
スポーツ界の成功者には、皆なるほどと思わせられるトレーニングのエピソードがあるものである。

昭和の初期を奏した稽古で過ごし、やがて順調に出世していく。
一度も勝てなかった男女ノ川に勝って「恩返し」をし、関脇、大関と進む。
その当時は、まだ自分の実力に自信を持てなかったようである。
そして昭和12年、第35代の横綱に推挙される。
この頃、すでに69連勝の最中である。

読んでいくと、この方は随分とストイックだったと思える。
相撲ひとすじに精進し、横綱になっても、今度はその責任感からさらに「一にも稽古、二にも稽古、ただ稽古一途に進むほかなかった」と語る。
そうしたスタンスは、時代が暗くなっていったはずの戦時中の時代背景が、文脈からはあまり伝わってこないところにも表れているように思う。

昨今、土俵では外国人力士が活躍し、横綱にも外国人力士が名を連ねている。
相撲も国際化が進む中では仕方ないと思うものの、その一方では、社会が豊かになって国民がハングリー精神を失いつつあるのかもしれないとも思う。
相撲に限らずであるが、「時代が違う」と言われればそれまで。
しかし、双葉山の生きた姿から学べるものは多い気がする。

わざわざ復刻版を出そうと思った人も、そんなところを感じたのかもしれない。
せっかくの機会を逃すのももったいない。
読むのに時間のかかるものではないので、何かのヒントを探す人は一読してみるといいかもしれない一冊である・・・

  
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2014年07月18日

【野球にときめいて】王貞治


   
第1章 家族の物語
第2章 野球をしていれば幸せだった
第3章 背番号1の誕生
第4章 「一本足打法」まで
第5章 快感とスランプ
第6章 巨人ナインの誇り
第7章 ホームラン王への道
第8章 早すぎた現役引退
第9章 新天地ホークスへ
第10章 一本道

サブタイトルに「王貞治半生を語る」とあるように、この本は“世界のホームラン王”王貞治の半生記である。
もともと個人的に野球好きであり、野村監督の本など多数読んでいるが、やっぱりジャイアンツファンとして、王さんの本を読まずにはいられない。

名前からして中国系とは思っていたが、王さんは今でも中国籍だという事は初めて知った事である。
父親が若い頃来日し、日本人の母と結婚。
下町で中華そば店を開いたという。
有名な荒川コーチとの出会いは、中学2年の時であり、この時荒川氏のアドバイスで左打ちに転向する。
この二人の出会いも運命的だ。

高校は都立を受験するも失敗し、早実に入る。
都立に行っていたら野球はやっていなかったというから、世の中何が幸いするかわからない。
野球をやることに父は反対するが、兄と伯父が説得してくれたという。
「今から思えば」の話である。
高校時のエピソードでは、甲子園で優勝した事よりも、中国籍だったことから国体に出られなかったというエピソードの方が面白かった。

やがて高校を卒業。
巨人に入団し、背番号1をもらう。
既に1年先輩に長嶋がいて、キャンプで同室になる。
王のいびきがうるさくて、長嶋が眠れなくなって大部屋に移されたという。
さらに寝坊して長嶋に起こされる。
「長嶋さんに世話を焼かされたという人は何人もいるようですが、世話を焼かせたのは僕ぐらい」という言葉は実に微笑ましい。

そして荒川コーチと再会し、有名な特訓で一本足打法を編み出す。
このエピソードは有名だが、当時荒川コーチは30代だったという事実の方が、改めて知った意外な事実である。
1962年の7月1日から一本足打法を始め、1ヶ月で10本のホームランを打つ。
それまで3ヶ月で9本だったというから、もの凄い効果である。

一本足となったあとの活躍はある程度知っている。
やっぱり興味を惹かれるのは、“知られざるエピソード”だ。
19歳の時に高校一年生だった奥様と知り合い、6年交際して結婚する。
40歳で引退するが、今にして思えばまだまだやれたという。
巨人以外のユニフォームを着ることはないだろうと思っていたというが、それは世間もそうだったのではないだろうか。
でも実はオリックスや横浜、日本ハムなどからオファーは来ていたらしい。

「名選手必ずしも名監督ならず」の言葉を見事はねのけた王監督。
WBC監督もやり、もはや球界の歴史に残る選手・監督となった。
本当はもっとたくさんのエピソードが入るのだろうが、そんな半生がさらりと語られる。
いつか「完全版」が読みたいと思うが、実現するだろうか。
ジャイアンツファンでなくても、野球好きにはお勧めの一冊である。

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2014年07月10日

【プロレスに復活はあるか】蝶野正洋



第1章 もうプロレスの熱狂は戻ってこないのか
第2章 プロレス界は今こそ真実と向き合え
第3章 プロレスラーの強さとはなにか
第4章 今のプロレスラーに欠けているものはなにか
第5章 プロレスラーの矜持
第6章 プロレスに復活はあるのか

著者は、元新日本プロレスの闘魂三銃士の一人として名を馳せたプロレスラー。
既に年齢は50歳を越え、一線を退いているが、独自ブランド『アリストトリスト』を展開したり、全日本プロレスのプロデューサーをしたりと活躍しているようである。
そんな第一人者の著書ゆえ、プロレスファンとしてはスルーできず、手に取った次第である。

戦後何度かブームとなり、闘魂三銃士の時代まではかなり勢いのあったプロレスだが、今はすっかり衰退している。
その原因として、著者は以下の3点を挙げている。
1 総合格闘技ブーム
2 「裏事情」が表に出た事
3 プロレス界の体質そのもの

個人的にはまったく同感である。
アントニオ猪木が、「キング・オブ・スポーツ」と標榜し、異種格闘技戦でそれを証明してみせたが、勃興してきた総合格闘技の前に、最強であるはずのプロレスラーたちは尽く惨敗した。
弱ければ人気を失うのは世の常である。

著者が一番の問題としている“3”は、分裂を繰り返す業界体質を指しているが、確かにそれはあるかもしれない。
しかし、結局試合が面白ければファンは満足するであろうし、それが一番の問題かというと、正直個人的には疑問に思うところである。

むしろ真の原因は、“2”であろうと思う。
「裏事情」とは何を指すのか、著者は具体的には書いていないが、はっきり言えばそれは試合における「シナリオの存在」だろう。
昔はごまかせたが、今は暴露本も次々と出版されているし(しかもレフリーや有名選手などが告白している)、ネットでも出回っている。

日本では何故“ストロング・スタイル”や“UWF”といったアメリカン・プロレスにはないものが受けたかと言えば、それは日本人らしい「真剣勝負好き」だからだろう。
アメリカン・プロレスのような“ショーマン・シップスタイル”が受けなかった事をみればすぐにわかる事である。
著者も当然そんな事はわかっているだろうが、そこはわかっていても書けないのだろう。

「プロレス界は真実と向き合え」とし、そのあり方を説いているが、異業種と交わったり、フリーコンテンツとして提供されても、リング上の戦いが“演技”であれば何の意味もない。
レスラーがいかに強いかをアピールしても、「闘い」や「怒り」をどう表現しようとも、同じである。

原因分析を誤れば、対策も効果は期待できない。
いくら組織や業界の体質を改善しても、商品が悪ければモノは売れない。
それはどんな業界でも同じである。
そうした点で、著者の主張はどこか空しく響く。
どうせならもっとリング上の事を赤裸々に書いた方が良かったのではないか、とつくづく思うところである・・・

   
    
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2014年03月30日

【戦士の休息】落合博満



1 カッコイイとは、こういうことさ。
2 同じ映画を何度も観てきた。
3 ここ一番では、納得するまで時間を使え。
4 ナンバーワンであり、オンリーワン
5 「オールスター」を考える。
6 スウェーデンとハリウッドを観比べる。
7 偉大なるマンネリズムについて。
8 野球の映画は興味ない。
9 私の中には三船敏郎がいるのだろうか。
10 戦争映画について書くのは難しい。
11 故きを温ねて新しきを知れ。
12 私の映画ベスト10
13 半世紀にわたる筋金入りのファンとして、最近の日本映画を観た。

野球選手の本は、野村監督本を含めてかなり読んでいる。
その中で、数は少ないが、落合監督の本は読みたくなる部類の筆頭である。
そんな落合監督の本が出たと思ったら、何と野球ではなく映画の本。
実は映画ファンらしい。
自分と同じ趣味を落合監督はどう語るのか、そんな興味を抱きつつ手に取った一冊。

映画にハマったきっかけは高校時代。
理不尽な先輩のいじめに耐えかねて、学校をさぼり一日映画館に入り浸っていたという。
映画館では、スクリーンに向かって一番右か左の端に座るという。
真ん中だとスクリーン全体を見るのに視線を左右に動かさないといけないから、というのが理由らしいが、そんな拘りが“らしく”て良い。

自分の中のヒーローは、ジョン・ウエインとオードリー・ヘップバーン。
「美しさではナスターシャ・キンスキーの方が上」らしいが、オードリー・ヘップバーンには、美しさ以上のものを見ているようである。
ジョン・ウエインは西部劇のヒーロー。
やはりここは多感な時期にエネルギー溢れる作品に触れた影響が大きいのだろう。

映画の話だけに、その作品を自分が観ているか否かで、話の重みも違ってくる。
その意味で、観ている作品が多かったのが幸いだった。
「男はつらいよ」「007シリーズ」の偉大なマンネリ。
特にそれまでの路線を外れたダニエル・クレイグのジェームズ・ボンドに対する同じ意見には嬉しくなる。

さらには制作者に対する批判には思わず膝を打つ。
『安易に人気小説やコミックを映画化しようとするのではなく、制作にはこだわりを持った作品を生みだしていってもらいたい。〜「これを観てもらうんだ」という武骨な勇気。映画界の先人たちが、何もないフィールドに道を作っていったような勇気だろう。』
これを読んで、相通じる考え方ではないかと思われる 「じゃやってみれば」のロボットの阿部さんの作品はどうなんだろうと思った。
採りあげられていなかったのは残念である。

『映画は最高のエンターテイメントであり、観終わって「楽しかった」と思えればそれでいい』
このあたりも私とまったく意見が一致する。
三船敏郎やチャップリンに対する想いは別として、落合監督が選ぶベスト10はやっぱり私との微妙な年代差を反映してか思いは重ならなかった。
だが、総じて意見が合うと感じたのは喜ばしい限り。

『映画は観る者の年齢、その時の立場によって、同じ作品でもまったく違って観られる事を知った。これからも新作だけでなく、かつて観た作品もリピートしながら映画を楽しみたい』
最後の意見もまったくその通り同じ思いである。
野球の話もふんだんに出てくるし、今後本を出すのなら、たとえそれが野球の本であったとしても、映画にも言及してほしいと思わずにはいられない。
ますます今後も目の離せない監督である・・・


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2013年05月16日

【挫折と挑戦】中竹竜二



第1章 挫折を味わう
第2章 挑戦のストーリーを描く
第3章 挑戦に向かって
第4章 中竹スタイルの挑戦
第5章 星を知る

著者は平成18年から4年間、早稲田大学ラグビー部の監督を務めた方。
おそらく、ラグビー関係者以外にはあまり知られていない方だと思う。
そういう私も名前を知っていた程度で、詳しく知っているわけではなかった。
それでも以前、帝京大学ラグビー部監督の本を読んでいた事もあり、手に取った次第である。
ラグビーの指導者の本というのも、個人的には興味深いのである。

しかし、帝京大の岩出監督の本が、指導論的な内容だったのに対し、こちらはあくまで個人の経験をベースにした考え方の本。
それはそれで良いのだが、期待していた指導者論とはちょっと違っていて残念だった。

タイトルにもある通り、著者の中竹監督は随分と挫折の味を味わったようである。
現役時代は「怪我のデパート」と言われる状態で、3年間まともに試合に出られなかったようである。
それが4年になって突然キャプテンに指名される。
個人的にはこのあたりの実情にとても興味があったのだが、残念ながらそのあたりは本人の口から語られるようなものではないのだろう。

もちろん、本人の口から語られる事もけっこう為になる事が多い。
・挨拶は先にする
・ごみは迷わず拾う
・道具を大切にする
・手を抜かず、力を抜く
どれも含みのある内容であり、プレーにもつながるものだとわかる。

判断と決断。
判断は、過去の事象について検証する事。
決断は、未来の事象について方向性を打ち出す事。
JudgementとDecision、もなかなか良い言葉だと思ったが、意識して使ってみたいと思う。

残念ながら、人となりがわからなかったが、なかなか興味深い人物であるようだ。
薄い本で、簡単に読めてしまうが、背景がわかっているとより楽しめる気がする。
早稲田で4年間監督をするというのもなかなか例がない様子。
やっぱり本に現れている以上のものを持っている方のようである。
他にも読んでみたいと個人的に思った次第である・・・

    
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2013年05月12日

【人生賭けて】金本知憲



序章  引退
第1章 絶望
第2章 希望
第3章 伝説
第4章 勝負
終章  人生

元阪神タイガースの金本選手の本である。
金本選手の本は、 「覚悟のすすめ」以来2冊目。
前回は現役4番打者としての“激白”であったが、今回は引退後のもの。
内容は、と言えば“引退の裏事情”というべきものである。

特に阪神ファンという程でもないから、金本の引退は知っていたが、詳しい事情など知る由もなかった。
40歳も越えていたし、引退しても何の不思議もなかったからである。
しかし、その原因は怪我であったらしい。

2010年春のオープン戦。
試合前の練習の時に、同僚と激突。
そこで肩を痛めてしまう。
「覚悟のすすめ」にもあったが、金本は怪我をしても基本的に休むという発想はない。
痛みを感じつつも試合に出続ける。

ところが実はこの怪我がとんでもない怪我で、事態は深刻な状況になっていく。
一方で連続試合フルイニング出場という記録は続いている。
これは世界記録でもある。
結局、この怪我が元でその記録は1492で終止符を打つ。
その舞台裏が語られる。

引退までの怪我で苦しんだ3年間。
それはけっして無駄ではないだろうと金本は語る。
「大事なのは野球を何年続けたかではない。
どれだけ記録や成績を残したかでもない。
自分の人生を賭け、その人生をどう生きたか。」であると。

やはり一流選手の考え方というものには、参考になる部分が多いと改めて感じた一冊である。
   
    
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