2019年10月29日

【夏の吐息】小池真理子 読書日記1087



《目次》
秘めごと
月の光
パロール
夏の吐息
上海にて
春爛漫

 好きな作家の一人である小池真理子の短編集である。6つの短編の主人公はすべて女性。それも若くても30代以上であり、女性でも人生経験を積んで円熟味を増していく中で、それなりに人生の苦さも味わっているところが、小池真理子の作品の味わいの一因かもしれない。

 「秘めごと」は亡くなった親友の墓参りに行く女性の話。その親友はかつて夫のある身でありながら、ある映画監督と不倫関係にあった。主人公は、その不倫のアリバイ工作に携わり、話を聞いてきたが、今はその親友の夫と再婚している。そんな折、不倫相手の映画監督から墓参りに行きたいと連絡が入る・・・

 「月の光」は、ふとしたことから年下の男との付き合いが始まった女の話。付き合いといっても肉体関係はない。年の離れた風変わりな関係である。BMWでドライブしたり、映画を観たり。ところがある晩、男が自殺未遂を図る・・・

 「パロール」は叔母の経営する小料理屋で、主人公がある常連客の死を知らされる。かつて主人公は年の離れた初老のその男と叔母の小料理屋で知り合い、いつしか会話を交わすようになっていた。男は肉体労働をする一方、詩を出版したこともあった。突然の死に主人公は在りし日を思い出す・・・

 「夏の吐息」は、突然失踪した男の実家で、男の母と二人で暮らす女の話。愛し合って一緒になり、子供も生まれる直前に男は突然姿を消してしまう。理由は明らかにされない。以来、女は男を待ちながら男の母親と二人で暮らしている。男との思い出を回想する女。男に会いたいという思いが強く滲み出てくる・・・

 「上海にて」は、そのタイトルの通り、上海在住の友人を訪ねてきた主人公の話。再会を喜び合うが、突然かつて付き合っていた男が上海にいると知らされる。女の脳裏に過るかつて男と過ごした日々。連絡先を渡された女は、過去を回想しながら男に連絡する・・・

 「春爛漫」は幼馴染の男と待ち合わせする女の話。幼馴染とは、折に触れ会うことはあるが、男女の関係にはない純粋な友人関係。妻子持ちの男と付き合っていたが、ある日男の娘が訪ねてきてなじられる。なんとも言えない気分になった女は幼馴染を呼び出す・・・

 ストーリーだけを捉えると、何が面白いのかという話になってしまう。しかし、それぞれの主人公の立場になって、同じ思いを共有して行くと、そこはかとない主人公の思いが伝わってくる。小池真理子ならではの表現によって、1つ1つのストーリーが深い味わいを持って伝わってくるのである。

 『性的な感じはしなかった。まるでしなかった。代わりに亜希子は、深い友情を感じた。世界に向けた友情のようなもの。古賀が言っていたような、空や星や月や大地や、木々の梢を吹き抜けていく風に向けて感じる、深い愛・・・。
 そこに言葉はなく、無数の言葉をはらんだ沈黙があって、雪だけがしんしんと絶え間なく降り続いている。』(『パロール』)
 実に深いなぁと思わずにはいられない。

 読んでいて思わず溜め息が漏れてしまいそうな文章に綴られた物語。これだから読むのはやめられない小池真理子の作品である・・・ 


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2019年01月09日

【狂王の庭】小池真理子 読書日記987



小池真理子の小説は、定期的に読みたくなるもの。これといった新作が出ないと、過去の作品を物色してみる。よく探せばまだ読んでいない作品もある。というわけで、探してきたのがこの作品。昭和27年を舞台にしたという意味で、ちょっと珍しい作品である。

冒頭、鎌倉のとある料亭で、久我杳子の三回忌の法要が行われる。その場に娘である翔子を訪ねて工務店の社長がやってくる。なんでも杳子の住んでいた家を解体したところ、「開封厳禁」と書かれた封筒が出てきたのだとか。訝しみながら翔子が封筒を開くと、中から古びた写真とびっしりと文章が書かれたスケッチブックが出てくる。それは母杳子が書き残したある思い出。翔子がそれを読み始めるとともに、我々も物語の世界へと誘われる。

昭和27年、まだ戦争の爪跡もそこかしこに残っていたと思うが、杳子は戦前の旧公爵家である久我家に嫁いでおり、恵まれた暮らしを送っている。そんなある日の夜会で、杳子は1人の男を紹介される。男は夫の従弟の陣内青爾である。青爾は陣内紡績の三代目であり、国分寺の広大な屋敷に住んでいた。その青爾が杳子を見初めてしまったことから、この物語が生まれるのである。

その始まりは夜会であり、そして陣内家で開かれた宴に杳子夫婦と杳子の妹美夜が招かれることからそれが加速して行く。まだ独身の青爾と美夜は、それだけで周りの期待を集めてしまう。今と違って不倫は許されざる所業であった時代、杳子もその動きを歓迎する。しかし、青爾から思いがけない告白を受け、杳子の胸に動揺が走る。

陣内家の広大な屋敷には、青爾がデザインした自慢の庭がある。それはルネッサンス・バロック式の庭園で、惜しみなく金を注ぎ込んで作った贅沢なもの。それがタイトルの所以になっているのは、この庭でしばし青爾と杳子が貴重な時を過ごすから。場所も国分寺と馴染みのある場所であり、当時の描写に(自分はその時代には生きていなかったが)何か懐かしさのようなものを感じる。

恋愛などとは無縁で旧公爵家に嫁いだからなのであろうか、青爾の求愛に杳子の心は揺れ、やがて密かに青爾に会いに行くようになる。と言っても、陣内家のロールスロイスが迎えに来て、陣内家の屋敷に出向くというもの。当然、周りには使用人がいるわけで、人目を憚るなどというのとは無縁。それでも使用人を空気のようなものとしか考えない青爾の貴族的感覚が、古き良き時代の香りを漂わせている。

やがて周りの後押しもあって、青爾と美夜の婚約がまとまる。その裏で密かに密会を重ねる青爾と杳子。現代であっても不倫は簡単には許容されるものではないが、当時はもっと厳格な時代。不義密通が重罪であった名残の時代である。そんな時代背景の時代がかった恋愛模様が目新しく感じる。キスも接吻なのである。

しかし、時代は異なれど、男と女の恋愛風景は根本として同じもの。背景の景色は異なれど、本質は変わらない。それにしても、当然のことながら、恋愛風景もいろいろとあるものである。小池真理子の描く様々な風景が洗練された文章に乗せられていて心地よい。

「手を握り合いながら、時に頰に接吻をし合いながら、互いの髪の毛に触れ合いながら、寄り添っている姉と婚約者。姉は沈鬱な表情をしているというのに、その顔は上気して薔薇色に輝いている。二人の間には抗いがたい感情の絆があって、どうしようもない事態に追い込まれていることですら、ひとつの悦楽と考えて楽しみ、味わっているようにも見える。」

物語とともに、優雅な文章をまたもや味わうことのできる一冊である・・・


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2018年01月20日

【望みは何と訊かれたら】小池真理子 読書日記880



 小池真理子の小説は定期的に読みたくなる。そう思っていたところで、少し前のものを探して手にしたのがこの作品。
 主人公は、小池真理子の作品の多くがそうであるように五十代の女性である槇村沙織。その沙織がある男のことを思い起こすところから物語は始まる。男の名は秋津吾郎。一体何者なのだろうか、そして一体過去に何があったのだろうかという疑問とともに物語を読み進めることになる。

 夫とともに仕事でパリに来ていた沙織は、1人時間が余ったこともあり、ふと思い立ってギュスターヴ・モロー美術館に足を向けることにする。そこに特別な意味はない。そして館内をブラブラと見学していると、何と偶然にもそこで秋津五郎と再会する。しかし、冒頭の回想とは異なり、沙織は再会を懐かしむどころか逃げるようにしてその場を離れる。しかし、もらった名刺はしっかり手にしている・・・

 そして物語は、沙織の学生時代へと飛ぶ。時に1970年代。仙台から東京の大学に進学した沙織は下宿している。時代は学生運動華やかなりし時。「全共闘」「セクト」「ベ平連」「安保闘争」などの単語が飛び交う。個人的にこの時代、私はまだ小学生。ニュースでいろいろ見聞きしていたし、浅間山荘事件も記憶にあるが、当時の大学生など遥か年上の人たちであり、深い意味など理解していなかった。近くで嗅いでいた時代の臭いが懐かしい気もする。

 沙織は、はじめこそ普通の女子大生で何ら思想的なものはなく、普通に恋人ができ、青春を謳歌し始める。住んでいた下宿は古い木造の二階建て。四畳半一間で押入れとガスコンロのついた小さな流しがあるだけの部屋。トイレは共同。電話は共用廊下に設置された赤電話だけ。電話が鳴れば近くの部屋の者がとって、呼ぶと言うスタイル。今こんなアパートがあっても若い人は見向きもしないだろう。
「携帯電話どころか、部屋に電話がなかった時代でも、わたしたちは今と何ひとつ変わらずに連絡を取り合い、恋や友情を育んでいくことができた」と言う描写が何とも言えない。

 そして、沙織はやがて大場修造という男を紹介される。大場は「革命インター解放戦線」というセクトを率いている。当時はそんなセクトがあふれていたのか、沙織は何の警戒心も抱かずにその集まりに参加する。初めは文学の話などばかりしているその勉強会に沙織の警戒心も働かなかったのか、やがて大場に興味を持ち、その活動に深く関わっていくことになる。その後の革命インター解放戦線は、『実録連合赤軍あさま山荘への道程』で観た連合赤軍の動きと重なる。

 やがて過激な行動に出た革命インター解放戦線から命からがら逃げ出した沙織が出会ったのが秋津吾郎。冒頭で予告されながら、その出会いに到るまでだいぶ引っ張られる。そして始まる不思議な生活。小池真理子と言えば、何と言っても魅力的な文章表現が其処彼処に迸るが、この本では少しストーリーに比重が移っている感がある。次々と展開していくストーリーに、文章を堪能している余裕がなかっただけかもしれないが、そんなことを感じたさせられる。

 主人公は小池真理子とほぼ同世代。自身を重ねているところもあったのだろうかという気もする。主人公はともかく、時代背景は間違いなくリアルタイムで過していた自分の時代だろう。そんな背景をも味わいながら、いつものように堪能した小池真理子の世界である・・・


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2017年09月15日

【欲望】小池真理子 読書日記834



ここのところ、小池真理子の作品を読んでいないという渇望感から過去の作品を検索し、選んだ一冊。小池真理子の作品はすべて読んでいた気がしていたが、まだ漏れていたものがあったということでちょっと驚いた次第である。

物語の主人公は、図書館司書をしている女性青田類子。類子には、中学時代から仲のいい安藤阿佐緒と秋葉正巳という友人がいる。阿佐緒は美人でかつ早熟で、中学の頃からその年齢とアンバランスな肢体で、男子生徒や教師の視線を引きつけていた。正巳は読書が好きな2枚目の好青年。正巳と阿佐緒は付き合っていて、そんな2人と類子は気があって仲良くしていた。

そうした過去の日々は過ぎ去り、今やさる女子大の図書館で働く類子は、ある日偶然入った写真展でかつて阿佐緒が嫁いだ家の写真を見つける。それは三島由紀夫邸を寸分違わず模倣したという館。そこから類子の回想が始まり、この物語が語られて行く。

阿佐緒と付き合っていた正巳は、ある日事故にあって大怪我を負う。やがて回復したものの、事故の影響で性的不能となってしまう。これがこの物語の大きなキーワード。そして読書好きな正巳と類子の共通の話題でよく出てくるのが、三島由紀夫。これがこの物語のもう一つのキーワードとなる。

類子は、学園の高等部教師能勢と付き合っている。と言っても能勢は妻子持ちで、いわゆる不倫である。類子と能勢の関係は完全な「体だけの関係」。類子は能勢に対し、離婚など求める気はなく、純粋に肉体関係だけの繋がりを淡々と続けている。

卒業以来、途切れていた阿佐緒と正巳との関係が、偶然の再会により復活する。阿佐緒は著名な学者と結婚し、三島由紀夫邸を模した館で暮らしている。夫婦関係に不満を持つ阿佐緒は、しばし類子と正巳を読んで時を過ごすが、やがて悲劇が起きる。

3人の物語が類子の回想という形で描かれて行く。まだ時代は昭和の時代。三島由紀夫の作品「仮面の告白」や「豊饒の海」シリーズがしばしば引用される。個人的に三島由紀夫は好きでかなり読んでいるから、ここのところは共感度大である。

正巳の苦悩は、若くしての性的不能。男であれば、想像もしたくない事態である。女性である著者だが、その描き方は違和感がない。類子は、能勢とは肉体的繋がりを持ち、正巳とは精神的な繋がりを持つ。そんな類子の姿には、共感しうるものがある。自分自身、似たような経験があるからかもしれない。

美しい文章は、全作品に共通している。ここでもそれは健在。特に何かを描写するシーンは、うっとりと読み惚れてしまう。そんな著者だが、ここで描かれる三島由紀夫を見ていると、どうやらご本人も相当読み込んでいるなと思わされる。読んでいるうちに、本棚から引っ張り出してきて、埃を払って読みたくなってしまった。

様々な形の女性の恋愛を描く著者。他にも読み漏れているのがないかチェックしてみることにした。漏れているのがあったら、それはそれで嬉しい気もする。私にとって小池真理子は、三島由紀夫と合わせて何度でも読んでみたい作家なのである・・・



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2017年05月18日

【怪談】小池真理子 読書日記797



岬へ
座敷
幸福の家
同居人
カーディガン
ぬばたまの
還る

好きな作家の作品は、見落とさずに網羅しているつもりであったが、不覚ながらこの一冊は漏らしてしまっていた。恋愛小説家である小池真理子の、ちょっと珍しい、タイトルにある通りの「怪談」話の短編集である。

「岬へ」はある地方にあるおそらく自殺の名所と思われる岬に女が向かう話。女ひとりが岬に向かうとあって、タクシーの運転手が戸惑う。「自殺では」と疑っている様子が伝わって来て、このあたりの描写はうまいなぁと思う。実は女の行き先は、岬近くにあるペンション。そこはかつて、女が振った男が岬から身を投げる前に最後に泊まったところ。その夜、女は別の宿泊客である男と夜中にキッチンで会う・・・

「座敷」は久しぶりに友人を訪ねた女性の話。豪邸に暮らしているも、事故で夫と子を同時に失うと言う悲劇を経験している。その後、夫の弟と再婚したその友人は、家の中に亡き夫がいるのだと語る・・・
「幸福の家」は、医者の娘である少女が公園で老人に会う話。寂しげな老人と話をするようになり、連日その公園に通う。話を聞いてくれる老人に、自分と家族がいかに幸せかを語って聞かせるのだが、ある時家に招待すると、老人に断られてしまう・・・

「同居人」は、長野県と山梨県の県境の別荘地に暮らす老婆の話。夫に先立たれて一人暮らしをしている。生前、夫は「家に座敷わらしがいる」と語り妻を混乱させたが、その妻は今は「ひろくん」と呼ぶその子との生活を楽しんでいる・・・
「カーディガン」は、飲み会で誰かが忘れていったカーディガンを届けようとした女性の話。一緒に参加した仲間に心当たりのある者はなく、店に確認したところ、当日貸切だったはずのその飲み会にもう1人の参加者がいたことがわかる・・・

「ぬばたまの」は、病死した妻がそばに現れる大学教授の話。きっかけは、世話になった恩師の葬儀の帰りに寄った飲食店であった・・・
「還る」は、病院で同室になった老女が語る1人語り。息子の結婚式である男を見かけたが、その後なぜかその男と何度も遭遇するのだという。そして話は幼い頃に死んだ弟に及ぶ・・・

恋愛小説を読み慣れた小池真理子だが、この短編集はちょっと異色。ただし、「怪談」といってもどれも恐怖におののくというものではない。例えば幽霊に遭遇したとして、それが身内の親しい者だとしたら、果たして人は恐怖を感じるだろうかと考えてみる。個人的にはNOである。喩えて言えば、そんな雰囲気なのである。もちろん、そうでないのもある。

個人的には、「幸福の家」が良かった。オチ的には、二コール・キッドマンの映画『アザーズ』を連想してしまったが、なんとも物悲しいお話である。
一言で言えば、「怖くない怪談」。
小池真理子らしいと言えばらしい「怪談」である・・・



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2016年08月29日

【ふたりの季節】小池真理子 読書日記699



 定期的に読まずにはいられない小池真理子の恋愛小説。その特徴は、「大人の静かな恋愛」とでも言えるであろう。40代、50代の女性の恋愛モノであるが、おそらく若い人にはわからないであろう。だが、私にとっては、その味わいと表現がなんとなも言えないのである。

 この本は、短編としては長過ぎるし、長編としては短過ぎるという感がある長さ。
主人公は55歳になろうとしている由香。夫とは2年前に離婚し、一人息子がいるものの、そろそろお互いに干渉しないようにしようと考えている。弟の介護職を手伝い、それなりに忙しい日々。短い夏休みを取り、以前から一度は行ってみたかった青山のお洒落なカフェに入り、一人のんびりしている。

 すると、そこに偶然一人の男が通りかかる。それは由香の昔の恋人である拓。30年ぶりの再会に驚きながらも、二人はカフェで互いの近況を語り合う。そして、それとともに甦る30年前の日々。高校時代の夏休み、よく行っていた喫茶店で出会った由香と拓は、付き合うようになる。名曲喫茶で待ち合わせし、互いに考えていたことや読んだ本の感想を話し合い、レコード店や書店をめぐり、映画を観に行き代々木公園を散歩する。年代が近いせいか、懐かしい風景である。

 お互い夢中になって相手しか見えない。そんな相手が、30年の間どんな生活を送り、今は何をしているのかはとても興味深いところであろう。若い頃にはわからなかったことがわかる年齢になり、その上で相手を見るというのも、またこの年代ならではの感覚がある。互いに共通の思い出を語り合う中で、忘れていたことを思い出したりもする。

 受験生だった二人は、図書館へ行き並んで勉強をし、かというと同伴喫茶へ行ってノートを広げたまま抱き合い、道を歩けば信号ごとにキスをする。会えない時は、手紙をしたためる。今ならメールかLINEだろうが、手段は変われども、熱い真夏の恋愛の只中にいる二人の様子は、今も昔もそう変わるものではない。かつては自分もそんなことをしていた気がするが、今となるととても真似できない。

 偶然の再会を嬉しく思いながら、会わなかった時間が埋められていく。次の予定も迫る中、名残惜しくも別れの時間が来る。携帯の番号とアドレスの交換は、現代ながらである。そして「その後」を予感させながら拓は30年前の朝と同じように去っていく。短い出会いを描いた物語なのに、遠い過去から未来へと物語は広がる。「うまいなぁ」とため息が漏れる。この味わいが良くて、いつも小池真理子の小説を手に取るのである。

 小説を読みながら、自身の思い出にも浸ってみられる。そんなところもまたいいのである。自分自身の心を温めながら、「また次」と思わせてくれる一冊である。

   
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2015年10月22日

【モンローが死んだ日】小池真理子 読書日記596



新刊が出れば、必ず読むことにしている作家小池真理子の新作である。
短編は先日読んでいるが、長編は実に2年半ぶりである。
短編は短編なりにいいと思うが、やはり長編の方が好きなので、この間隔はちょっと長いと飢餓感を感じる。

物語の主人公は59歳の女性鏡子。
夫に先立たれ、一人軽井沢で暮らしている。
仕事は原島富士雄という作家の記念館の管理人である。
いつの頃からか、心身に変調をきたし、どうにもならなくなる。
危機的状況の中で、同然出会った友人の勧めで精神科を受診することにする。

対応したのは高橋智之医師。
本業は横浜の医院であるが、軽井沢の病院に新設された精神科で、アルバイトをしているのである。
初めての精神科であったが、高橋医師に「鬱ではない」と診断された鏡子は、それで気持ちも楽になり、みるみる快方に向かう。
そして治療は無事終わる。
イケメンと言われていた高橋医師の治療が終わり、安堵とともに高橋に会えなくなることに対する残念な気持ちを抱いていた鏡子だが、ある日鏡子の働く原島富士雄記念館に高橋が訪ねてくる。

こうして高橋と会うようになった鏡子。
二人の距離は、いつしか縮まっていく。
やがて高橋は、軽井沢で診療のある前日の水曜日と終わった後の日曜日の晩は、鏡子の家に泊まっていくようになる。
そんな日々に幸せを感じていた鏡子だが、ある日、高橋は忽然と姿を消してしまう・・・

小池真理子の小説は、ストーリーよりもその文章が好きで読んでいる。
しかし、この作品はストーリーにも引き込まれる。
なぜ、高橋は鏡子の前から一切の連絡を絶って姿を消してしまったのか。
再び危うくなる自分の精神状態の均衡を何とか保ちながら、諦めきれない鏡子はわずかな手掛かりをもとに、高橋の行方を捜しはじめる。
そんな展開が、何となくミステリーめいている。
そして少しずつ明らかになっていく真実・・・

タイトルにある「モンロー」とは、マリリン・モンローのことであるが、この物語ではある人物のことでもある。モンローの自殺と言われる死因にはいまだに他殺説もあり、そして晩年には専属の精神科医がいたという。ストーリーと絡めながら、そんな「モンローの死」が物語の転機となっていく。
このあたりは、ストーリーの妙も味わえる。
そして意外な失踪の真相と、深い余韻の残るラストシーン。

久しぶりの長編は、いつもの文章だけでなく、味わいあるストーリーも相まって満足できる内容。
やっぱり読むのはやめられないと思う。
55歳の男と59歳の女の恋愛物語など、若者には理解できないだろう。
だが、その年代に近い者としては、十分に理解できる。
まだまだそういう気持ちを抱いていたいとも思う。

こういう物語に触れると、「また次も」と思わざるをえない。
ずっと読み続けていきたい作家である・・・

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2015年06月06日

【千日のマリア】小池真理子 読書日記549



過ぎし者の標
つづれ織り
落花生を食べる女
修羅のあとさき
常夜
テンと月
千日のマリア
凪の光

定期的に読まずにはいられない作家が小池真理子である。
最近少しご無沙汰気味なのが残念である。
ほぼ2年振りに手にしたのは、短編集。

『過ぎし者の標』
主人公の美貴が車に乗り込み、いずこかへと出掛けていく。
何やら感傷的な旅の雰囲気。
そして映画監督だった男との過去が綴られていく。
それは付かず離れずだった男との物語。

『つづれ織り』
主人公の美和子の子供の頃の思い出。
父親が女を作り、母と兄と家を出て3人の生活が始る。
近所に住んでいた大家の大学生の息子。
子供の頃には意味がわからなかった出来事も大人になればわかることもある・・・

『修羅のあとさき』
主人公は行雄という名の中年男。
冒頭はその行雄に宛てられた熱烈なラブレターである。
行雄はそのラブレターを書いた女性苑子を訪ねようとしている。
行雄と苑子は一時清い交際をしていたが、やがて行雄がかつての恋人聡美とよりを戻したことで行雄は苑子に別れを告げていた。
行雄はその苑子を訪ねていく・・・

『千日のマリア』
主人公の秀平の義母美千代の葬儀で物語は始まる。
かつて秀平は美千代の運転する車に乗っていて事故に遭い、左手を切断する怪我を負っていた。
当時自暴自棄になっていた秀平は、妻が仕事で出張に出ていた毎週末、美千代の経営するレストランの2階で閉じこもっていた。
やり切れぬ思いを美千代に理不尽にぶつける秀平。
そして思わぬ行動に出る・・・
タイトルの重みがじわじわと伝わってくる物語。

どの物語も短い中に味わい深い世界が広がる。
例によって小池真理子の文章が、物語の世界へと引き入れてくれる。
読んでいて感じる心地良さは相変わらずである。
しかしながら、やっぱり長編の味わいもまた捨てがたいところ。
次の新作が待ち遠しい限りである。

まだならば、過去に読んだ作品をもう一度、とも思う。
そんなことも考えてみたい小池真理子の作品である・・・

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2013年09月10日

【東京アクアリウム】小池真理子 読書日記366



リリー・マルレーン

二匹の子鬼
東京アクアリウム
小曲(ソナチネ)
モッキンバードの夜
猫別れ
父の手、父の声

小池真理子の短編集。
短編集というのは、長編と違って長々と登場人物たちやその状況や出来事や心の動きを描く事はできない。
短い間に表現しなければならず、それは例えれば動画と写真のようなものかもしれない。
一瞬を切り取った写真でも、眺めているうちに様々なものを感じる事がある。
そんな写真のような短編ばかりが納められている。

『リリー・マルレーン』
二度の離婚歴のあるサトコ。
年下の男との恋愛がどうやら終わる事になり、昔よく通ったオカマバーに行く。
仕切っているのは、オカマのリリー。
久しぶりにリリーの店を訪ねるサトコ。
その間にサトコの過ぎ去りし過去が流れていく。

『風』
友人千晶の葬儀にやってきた悦子。
千晶とのやり取りが蘇る。
夫に隠れて千晶が愛した男川原。
川原が生前千晶にしたある約束。
それが葬儀の場で果たされる・・・

『二匹の子鬼』
史子が家に帰ってくる。
ある事故を境に人が変わってしまった夫の昇一。
耐えるだけの史子。
会社の後輩とベッドに入ってしまい、夫の待つ家に帰る・・・

主人公たちはみな40代前後の女性。
もう恋愛も一通りこなし、人生の何たるかも理解している女性たち。
そういう人たちを“大人”と言うのであろうか。
真夏のような恋の話などは出てこないが、代わりに春と真夏を過ごした後の秋の恋が描かれる。
不倫や離婚・再婚といった話が普通に出てくる。
若い頃のような剛速球は投げられなくとも、巧みな変化球を投げ分けるベテラン投手の味わいとも言える。
同じ年代としてはそれが心地良い。

優雅に舞うような文章も相変わらず。
この人の本はずっと読み続けたいと思わせてくれる。
これもそんな短編集である・・・

    
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2013年03月09日

【沈黙のひと】小池真理子 読書日記315



 小池真理子の作品には、静かな作品が多い。それは登場人物たちの年齢にもよるのかもしれない。登場人物たちは平均して40代前後。
前回の 「二重生活」は、20代の女性が主人公だったが、多くは中高年が主人公となる事が多い。

 この作品の主人公は50代の離婚歴のある女性三國衿子。タイトルは衿子の父三國泰造から来ている。泰造は高齢でパーキンソン病を患い、手足も不自由でしゃべることもままならなくなり、最後は老人ホームで息を引き取る。そんな言葉を話せなくなって「沈黙の世界」に入ってしまった泰造を娘の衿子が見つめて行く作品となっている。まさに静かにならざるを得ない作品である。

 泰造は石油会社のサラリーマンとしての人生を歩む。最初の妻と一人娘の衿子と、一時期幸せな生活を営んでいたが、なぜか浮気をして子供を作り、離婚して他の女性の元へと行く。そして衿子には腹違いの妹となる二人の姉妹が生まれる。

 泰造の死後、衿子は二人の姉妹とともに遺品を整理し、自らが話せなくなった父に与えたタイプライターを持ち帰る。そこには話す事のできなかった泰造の思いが残されている。父が送った手紙。タイプライターに残された文章。それらのものを通じて、衿子は沈黙のひとの思いを汲みあげて行く・・・

 泰造は歌も作り、それは随所に散りばめられている。中でも何度も取り上げられる代表的な一首は珠玉の出来栄えだ。これはあとがきで、小池真理子の父の作品だと紹介されている。
「プーシュキンを隠し持ちたる学徒兵を見逃せし中尉の瞳を忘れず」
父に捧げるとされたこの作品。衿子の年齢を考えると、これは小池真理子自身と父とをイメージして書かれたものなのかもしれない。

 生前、十分に話ができた時には疎遠だった父と娘。別れてもなお、娘には人知れぬ愛情を抱いていた父。そんな父の心の内に触れて行く衿子。そこには自分の人生を生きた父の姿がある。

 自分もいずれ老いる時が来る。その時はどんな様子になっているのだろう。そしてそれまでにどんな人生を送っているのだろう。それまでに家族と親と友人たちとどんな付き合い方をしていくのだろう。そんな事を想像してみる。

 恋愛小説の名手でありながらも、これは父娘の愛情を描いた作品。読みながら時折胸も熱くなる。小池真理子と言えば、味わい深い文章が好きなのであるが、これは物語としても気に入った。こういうものに感化されるのは、ひょっとしたら自分の年齢的なものもあるのかもしれないという気もする。

 次の作品もまた楽しみにしたいと素直に思える一作である・・・

    

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