2017年05月18日

【怪談】小池真理子



岬へ
座敷
幸福の家
同居人
カーディガン
ぬばたまの
還る

好きな作家の作品は、見落とさずに網羅しているつもりであったが、不覚ながらこの一冊は漏らしてしまっていた。恋愛小説家である小池真理子の、ちょっと珍しい、タイトルにある通りの「怪談」話の短編集である。

「岬へ」はある地方にあるおそらく自殺の名所と思われる岬に女が向かう話。女ひとりが岬に向かうとあって、タクシーの運転手が戸惑う。「自殺では」と疑っている様子が伝わって来て、このあたりの描写はうまいなぁと思う。実は女の行き先は、岬近くにあるペンション。そこはかつて、女が振った男が岬から身を投げる前に最後に泊まったところ。その夜、女は別の宿泊客である男と夜中にキッチンで会う・・・

「座敷」は久しぶりに友人を訪ねた女性の話。豪邸に暮らしているも、事故で夫と子を同時に失うと言う悲劇を経験している。その後、夫の弟と再婚したその友人は、家の中に亡き夫がいるのだと語る・・・
「幸福の家」は、医者の娘である少女が公園で老人に会う話。寂しげな老人と話をするようになり、連日その公園に通う。話を聞いてくれる老人に、自分と家族がいかに幸せかを語って聞かせるのだが、ある時家に招待すると、老人に断られてしまう・・・

「同居人」は、長野県と山梨県の県境の別荘地に暮らす老婆の話。夫に先立たれて一人暮らしをしている。生前、夫は「家に座敷わらしがいる」と語り妻を混乱させたが、その妻は今は「ひろくん」と呼ぶその子との生活を楽しんでいる・・・
「カーディガン」は、飲み会で誰かが忘れていったカーディガンを届けようとした女性の話。一緒に参加した仲間に心当たりのある者はなく、店に確認したところ、当日貸切だったはずのその飲み会にもう1人の参加者がいたことがわかる・・・

「ぬばたまの」は、病死した妻がそばに現れる大学教授の話。きっかけは、世話になった恩師の葬儀の帰りに寄った飲食店であった・・・
「還る」は、病院で同室になった老女が語る1人語り。息子の結婚式である男を見かけたが、その後なぜかその男と何度も遭遇するのだという。そして話は幼い頃に死んだ弟に及ぶ・・・

恋愛小説を読み慣れた小池真理子だが、この短編集はちょっと異色。ただし、「怪談」といってもどれも恐怖におののくというものではない。例えば幽霊に遭遇したとして、それが身内の親しい者だとしたら、果たして人は恐怖を感じるだろうかと考えてみる。個人的にはNOである。喩えて言えば、そんな雰囲気なのである。もちろん、そうでないのもある。

個人的には、「幸福の家」が良かった。オチ的には、二コール・キッドマンの映画『アザーズ』を連想してしまったが、なんとも物悲しいお話である。
一言で言えば、「怖くない怪談」。
小池真理子らしいと言えばらしい「怪談」である・・・



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2016年08月29日

【ふたりの季節】小池真理子



 定期的に読まずにはいられない小池真理子の恋愛小説。その特徴は、「大人の静かな恋愛」とでも言えるであろう。40代、50代の女性の恋愛モノであるが、おそらく若い人にはわからないであろう。だが、私にとっては、その味わいと表現がなんとなも言えないのである。

 この本は、短編としては長過ぎるし、長編としては短過ぎるという感がある長さ。
主人公は55歳になろうとしている由香。夫とは2年前に離婚し、一人息子がいるものの、そろそろお互いに干渉しないようにしようと考えている。弟の介護職を手伝い、それなりに忙しい日々。短い夏休みを取り、以前から一度は行ってみたかった青山のお洒落なカフェに入り、一人のんびりしている。

 すると、そこに偶然一人の男が通りかかる。それは由香の昔の恋人である拓。30年ぶりの再会に驚きながらも、二人はカフェで互いの近況を語り合う。そして、それとともに甦る30年前の日々。高校時代の夏休み、よく行っていた喫茶店で出会った由香と拓は、付き合うようになる。名曲喫茶で待ち合わせし、互いに考えていたことや読んだ本の感想を話し合い、レコード店や書店をめぐり、映画を観に行き代々木公園を散歩する。年代が近いせいか、懐かしい風景である。

 お互い夢中になって相手しか見えない。そんな相手が、30年の間どんな生活を送り、今は何をしているのかはとても興味深いところであろう。若い頃にはわからなかったことがわかる年齢になり、その上で相手を見るというのも、またこの年代ならではの感覚がある。互いに共通の思い出を語り合う中で、忘れていたことを思い出したりもする。

 受験生だった二人は、図書館へ行き並んで勉強をし、かというと同伴喫茶へ行ってノートを広げたまま抱き合い、道を歩けば信号ごとにキスをする。会えない時は、手紙をしたためる。今ならメールかLINEだろうが、手段は変われども、熱い真夏の恋愛の只中にいる二人の様子は、今も昔もそう変わるものではない。かつては自分もそんなことをしていた気がするが、今となるととても真似できない。

 偶然の再会を嬉しく思いながら、会わなかった時間が埋められていく。次の予定も迫る中、名残惜しくも別れの時間が来る。携帯の番号とアドレスの交換は、現代ながらである。そして「その後」を予感させながら拓は30年前の朝と同じように去っていく。短い出会いを描いた物語なのに、遠い過去から未来へと物語は広がる。「うまいなぁ」とため息が漏れる。この味わいが良くて、いつも小池真理子の小説を手に取るのである。

 小説を読みながら、自身の思い出にも浸ってみられる。そんなところもまたいいのである。自分自身の心を温めながら、「また次」と思わせてくれる一冊である。

   
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2015年10月22日

【モンローが死んだ日】小池真理子



新刊が出れば、必ず読むことにしている作家小池真理子の新作である。
短編は先日読んでいるが、長編は実に2年半ぶりである。
短編は短編なりにいいと思うが、やはり長編の方が好きなので、この間隔はちょっと長いと飢餓感を感じる。

物語の主人公は59歳の女性鏡子。
夫に先立たれ、一人軽井沢で暮らしている。
仕事は原島富士雄という作家の記念館の管理人である。
いつの頃からか、心身に変調をきたし、どうにもならなくなる。
危機的状況の中で、同然出会った友人の勧めで精神科を受診することにする。

対応したのは高橋智之医師。
本業は横浜の医院であるが、軽井沢の病院に新設された精神科で、アルバイトをしているのである。
初めての精神科であったが、高橋医師に「鬱ではない」と診断された鏡子は、それで気持ちも楽になり、みるみる快方に向かう。
そして治療は無事終わる。
イケメンと言われていた高橋医師の治療が終わり、安堵とともに高橋に会えなくなることに対する残念な気持ちを抱いていた鏡子だが、ある日鏡子の働く原島富士雄記念館に高橋が訪ねてくる。

こうして高橋と会うようになった鏡子。
二人の距離は、いつしか縮まっていく。
やがて高橋は、軽井沢で診療のある前日の水曜日と終わった後の日曜日の晩は、鏡子の家に泊まっていくようになる。
そんな日々に幸せを感じていた鏡子だが、ある日、高橋は忽然と姿を消してしまう・・・

小池真理子の小説は、ストーリーよりもその文章が好きで読んでいる。
しかし、この作品はストーリーにも引き込まれる。
なぜ、高橋は鏡子の前から一切の連絡を絶って姿を消してしまったのか。
再び危うくなる自分の精神状態の均衡を何とか保ちながら、諦めきれない鏡子はわずかな手掛かりをもとに、高橋の行方を捜しはじめる。
そんな展開が、何となくミステリーめいている。
そして少しずつ明らかになっていく真実・・・

タイトルにある「モンロー」とは、マリリン・モンローのことであるが、この物語ではある人物のことでもある。モンローの自殺と言われる死因にはいまだに他殺説もあり、そして晩年には専属の精神科医がいたという。ストーリーと絡めながら、そんな「モンローの死」が物語の転機となっていく。
このあたりは、ストーリーの妙も味わえる。
そして意外な失踪の真相と、深い余韻の残るラストシーン。

久しぶりの長編は、いつもの文章だけでなく、味わいあるストーリーも相まって満足できる内容。
やっぱり読むのはやめられないと思う。
55歳の男と59歳の女の恋愛物語など、若者には理解できないだろう。
だが、その年代に近い者としては、十分に理解できる。
まだまだそういう気持ちを抱いていたいとも思う。

こういう物語に触れると、「また次も」と思わざるをえない。
ずっと読み続けていきたい作家である・・・

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2015年06月06日

【千日のマリア】小池真理子



過ぎし者の標
つづれ織り
落花生を食べる女
修羅のあとさき
常夜
テンと月
千日のマリア
凪の光

定期的に読まずにはいられない作家が小池真理子である。
最近少しご無沙汰気味なのが残念である。
ほぼ2年振りに手にしたのは、短編集。

『過ぎし者の標』
主人公の美貴が車に乗り込み、いずこかへと出掛けていく。
何やら感傷的な旅の雰囲気。
そして映画監督だった男との過去が綴られていく。
それは付かず離れずだった男との物語。

『つづれ織り』
主人公の美和子の子供の頃の思い出。
父親が女を作り、母と兄と家を出て3人の生活が始る。
近所に住んでいた大家の大学生の息子。
子供の頃には意味がわからなかった出来事も大人になればわかることもある・・・

『修羅のあとさき』
主人公は行雄という名の中年男。
冒頭はその行雄に宛てられた熱烈なラブレターである。
行雄はそのラブレターを書いた女性苑子を訪ねようとしている。
行雄と苑子は一時清い交際をしていたが、やがて行雄がかつての恋人聡美とよりを戻したことで行雄は苑子に別れを告げていた。
行雄はその苑子を訪ねていく・・・

『千日のマリア』
主人公の秀平の義母美千代の葬儀で物語は始まる。
かつて秀平は美千代の運転する車に乗っていて事故に遭い、左手を切断する怪我を負っていた。
当時自暴自棄になっていた秀平は、妻が仕事で出張に出ていた毎週末、美千代の経営するレストランの2階で閉じこもっていた。
やり切れぬ思いを美千代に理不尽にぶつける秀平。
そして思わぬ行動に出る・・・
タイトルの重みがじわじわと伝わってくる物語。

どの物語も短い中に味わい深い世界が広がる。
例によって小池真理子の文章が、物語の世界へと引き入れてくれる。
読んでいて感じる心地良さは相変わらずである。
しかしながら、やっぱり長編の味わいもまた捨てがたいところ。
次の新作が待ち遠しい限りである。

まだならば、過去に読んだ作品をもう一度、とも思う。
そんなことも考えてみたい小池真理子の作品である・・・

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2013年09月10日

【東京アクアリウム】小池真理子



リリー・マルレーン

二匹の子鬼
東京アクアリウム
小曲(ソナチネ)
モッキンバードの夜
猫別れ
父の手、父の声

小池真理子の短編集。
短編集というのは、長編と違って長々と登場人物たちやその状況や出来事や心の動きを描く事はできない。
短い間に表現しなければならず、それは例えれば動画と写真のようなものかもしれない。
一瞬を切り取った写真でも、眺めているうちに様々なものを感じる事がある。
そんな写真のような短編ばかりが納められている。

『リリー・マルレーン』
二度の離婚歴のあるサトコ。
年下の男との恋愛がどうやら終わる事になり、昔よく通ったオカマバーに行く。
仕切っているのは、オカマのリリー。
久しぶりにリリーの店を訪ねるサトコ。
その間にサトコの過ぎ去りし過去が流れていく。

『風』
友人千晶の葬儀にやってきた悦子。
千晶とのやり取りが蘇る。
夫に隠れて千晶が愛した男川原。
川原が生前千晶にしたある約束。
それが葬儀の場で果たされる・・・

『二匹の子鬼』
史子が家に帰ってくる。
ある事故を境に人が変わってしまった夫の昇一。
耐えるだけの史子。
会社の後輩とベッドに入ってしまい、夫の待つ家に帰る・・・

主人公たちはみな40代前後の女性。
もう恋愛も一通りこなし、人生の何たるかも理解している女性たち。
そういう人たちを“大人”と言うのであろうか。
真夏のような恋の話などは出てこないが、代わりに春と真夏を過ごした後の秋の恋が描かれる。
不倫や離婚・再婚といった話が普通に出てくる。
若い頃のような剛速球は投げられなくとも、巧みな変化球を投げ分けるベテラン投手の味わいとも言える。
同じ年代としてはそれが心地良い。

優雅に舞うような文章も相変わらず。
この人の本はずっと読み続けたいと思わせてくれる。
これもそんな短編集である・・・

    
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2013年03月09日

【沈黙のひと】小池真理子



小池真理子の作品には、静かな作品が多い。
それは登場人物たちの年齢にもよるのかもしれない。
登場人物たちは平均して40代前後。
前回の 「二重生活」は、20代の女性が主人公だったが、多くは中高年が主人公となる事が多い。

この作品の主人公は50代の離婚歴のある女性三國衿子。
タイトルは衿子の父三國泰造から来ている。
泰造は高齢でパーキンソン病を患い、手足も不自由でしゃべることもままならなくなり、最後は老人ホームで息を引き取る。
そんな言葉を話せなくなって「沈黙の世界」に入ってしまった泰造を娘の衿子が見つめて行く作品となっている。
まさに静かにならざるを得ない作品である。

泰造は石油会社のサラリーマンとしての人生を歩む。
最初の妻と一人娘の衿子と、一時期幸せな生活を営んでいたが、なぜか浮気をして子供を作り、離婚して他の女性の元へと行く。
そして衿子には腹違いの妹となる二人の姉妹が生まれる。

泰造の死後、衿子は二人の姉妹とともに遺品を整理し、自らが話せなくなった父に与えたタイプライターを持ち帰る。
そこには話す事のできなかった泰造の思いが残されている。
父が送った手紙。
タイプライターに残された文章。
それらのものを通じて、衿子は沈黙のひとの思いを汲みあげて行く・・・

泰造は歌も作り、それは随所に散りばめられている。
中でも何度も取り上げられる代表的な一首は、珠玉の出来栄えだ。
これはあとがきで、小池真理子の父の作品だと紹介されている。
「プーシュキンを隠し持ちたる学徒兵を見逃せし中尉の瞳を忘れず」
父に捧げるとされたこの作品。
衿子の年齢を考えると、これは小池真理子自身と父とをイメージして書かれたものなのかもしれない。

生前、十分に話ができた時には疎遠だった父と娘。
別れてもなお、娘には人知れぬ愛情を抱いていた父。
そんな父の心の内に触れて行く衿子。
そこには自分の人生を生きた父の姿がある。

自分もいずれ老いる時が来る。
その時はどんな様子になっているのだろう。
そしてそれまでにどんな人生を送っているのだろう。
それまでに家族と親と友人たちとどんな付き合い方をしていくのだろう。
そんな事を想像してみる。

恋愛小説の名手でありながらも、これは父娘の愛情を描いた作品。
読みながら時折胸も熱くなる。
小池真理子と言えば、味わい深い文章が好きなのであるが、これは物語としても気に入った。
こういうものに感化されるのは、ひょっとしたら自分の年齢的なものもあるのかもしれないという気もする。

次の作品も楽しみにしたいと思う・・・

    
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2013年03月03日

【二重生活】小池真理子



小池真理子と言えば恋愛小説の旗手とも言うべき作家であるが、作品は必ずしもすべて恋愛小説ばかりというわけではない。
この小説も恋愛小説というジャンルには入らないのではないかと思うが、では何かと問われると答えに窮する。
ドラマ化しても面白くはなさそうであるが、味わい深い小池真理子の文章とともに読むと感じるところのある小説である。

主人公は大学院に通う白石珠(たま)、25歳。
女優三ツ木桃子のアルバイト運転手をしている卓也と同棲中である。
大学の仏文科の授業でたまたま取り上げられたジャン・ボードリヤールの文学的・哲学的尾行という行為に興味を持ち、それが心に残る。

ある日、最寄りの駅で近所に住む石坂史郎を見かけた珠は、まったくの思いつきで後をつけ始める。
石坂は大手出版社に勤め、美しい妻と愛らしい娘と幸せを絵にかいたような生活を送っている。
そんな石坂が向かった先は渋谷。
喫茶店に入った石坂の隣の席に座った珠は、密かに石坂の観察を始めるが、やがて彼の元に美しい女性がやってくる・・・

仲無妻じい様子の二人。
やがて二人は不倫関係にあるとわかり、さらにクリスマス前にホテルで会う約束をするのが聞こえてくる。
石坂の裏に隠された顔を、珠は偶然見てしまう。

一方、同棲相手の卓也の様子が気になる珠。
アルバイトのはずなのに、女優の三ツ木桃子から頻繁に呼び出され、卓也はその都度いそいそと出かけて行く。
はるか年上の50代とは言え、魅力的な女優と卓也間の関係が、ただならぬものであるような錯覚を珠は次第に覚えて行く。

世間から見ると人も羨むような石坂家。
しかしながら主の史郎が送る二重生活。
そしてそれを目にした珠が、卓也の二重生活についても妄想に取りつかれる。
それは果たして妄想なのか。

物語はドラマチックな展開があるわけでもなく、静かに進んでいく。
文学的・哲学的尾行という、よくわからないが、何となく大きな意味がありそうな概念。
なぜかそれに取りつかれた珠の様子を、物語は静かに追っていく。
小池真理子の小説は、ゴールを目指して進んでいくものではない。
例えればフィギア・スケートのように優雅な舞を楽しむものである。
この小説も、そんな小池真理子の優雅な語り口を楽しみながら読み進めるべきものだと思う。

読み終えて、静かに本を閉じるのが、ぴったりの一冊である。

「他者の後をつけること、自分を他者と置き換えること、互いの人生、情熱、意志を交換すること、他者の場所と立場に身を置くこと、それは人間が人間にとってついに一個の目的となりうる、おそらく唯一の道ではないか」
                             〜ジャン・ボードリヤール〜
   
   
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2012年01月14日

【無花果の森】小池真理子



小池真理子の描く恋愛ものをまた一つ。
十人十色ではないが、恋愛の形もひとそれぞれ。
いろいろなパターンがあるものであるが、例によって優雅な文章で綴られていく物語を読むという喜びを感じられる。

主人公は映画監督新谷の妻泉。
派手な外面とは別に、新谷は妻に日常的に暴力を振るっている。
そしてその事実を掴み、泉に取材を申し入れてきた週刊誌の記者塚本鉄治。
やがて暴力に耐えられなくなった泉は家を飛び出す。
あてもなく向かい、辿りついたのは岐阜大崖の街。
偶然見つけた画家天坊八重子の住み込みの家政婦として、人目を憚っての生活が始る。

そんな時、偶然塚本鉄治と再会。
塚本鉄治もまた濡れ衣を着せられて逃亡生活を送っていた。
ともに逃走の身。
やがて二人は離れられない関係となる。

八重子の住まいの庭にある無花果。
それが様々な形で描かれる。
文字通り八重子の手により描かれ、梅雨空の下、時期が来て実を実らせ、物語の合間合間に無花果が描かれる。
いつもながら、うまいなぁと感心する。

ストーリーは別として、登場人物たちの心理描写も誠に巧み。
逃げてきた泉と塚本鉄治も自然な形で結ばれていく。
ささやかな日常に感じる泉の幸福感が伝わってくる。
月九のドラマになりそうな派手な展開はない。
その代わり、静かに染み入ってくる味わいがある。

ラストもドラマチックとは無縁。
「冬の伽藍」と同じような静かな再会のラスト。
また一つ、小池真理子を堪能した瞬間だった。

            
        
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2010年11月02日

【存在の美しい哀しみ】小池真理子

   
小池真理子といえば恋愛小説と当たり前のように思うが、この本はちょっと違う。
登場人物は母親の違う兄妹とその母親、そしてその周辺の人々。
全体は7つの章に分かれているが、各々の登場人物たちが、それぞれの章の主人公となっている。
「告白」も同じような形式であったが、視点が変われば読む方の見方も変わり、これはこれで面白いスタイルだと思う。

後藤奈緒子は芹沢聡と後藤榛名の母親。
事情があって聡を産んですぐに離縁され、子供と引き離される。
そして再婚し榛名を生む。
第1章は、奈緒子が死の直前に語ってくれた異父兄に会うために、榛名が聡が暮らすプラハを訪れるところが描かれる。
事実を告げるべきかどうすべき迷う榛名の心の動きが中心だ。

そして奈緒子、奈緒子の同僚、聡の養母、榛名の父の同僚、聡の異母妹と主人公が移りゆく。
人の数だけ人生がある。
それぞれの登場人物たちには、それぞれが主人公の人生がある。

そして最後の章では、聡の視点になる。
プラハからウィーンに移動した榛名を、聡は追いかけて行く。
同じ兄妹のストーリーでも視点が変われば、物語も変わる。
聡の心の動きに引き寄せられていく。

例によって小池真理子の風景描写が二人の姿を際立たせていく。
 『眩しさのない光りだった。
 やわらかく静謐な、すべてを包み込み、溶かし、眠らせてしまうような光だった。
 じっと眺めていると、光はまもなくうすれ、雲の影に隠れ、消えていった。
 あとには滲んだようになった残照だけが残された。』
  (第7章『ウィーン残照』)
こうした景色が小池真理子の小説の特色でもあると思う。

読み終えるとあとに小さな感動が残る。
遠い異国の街で、堰を切ったように語り合う二人の兄妹の姿が残像として心に残る。
たまには心の栄養補給になる一冊である。



存在の美しい哀しみ

存在の美しい哀しみ

  • 作者: 小池 真理子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/04
  • メディア: 単行本



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2010年09月23日

【Invitation 】小池真理子他

    
「蛾」江國香織
「巨人の接待」小川洋子
「天にまします吾らが父ヨ、世界人類ガ、幸福デ、ありますヨウニ」川上弘美
「告白」桐野夏生
「捨てる」小池真理子
「夕陽と珊瑚」高樹のぶ子
「カワイイ、アナタ」高村薫
「リハーサル」林真理子

8人の女流作家による8本の短編集。
たまたま見つけて手に取った。
それぞれの短編には何か共通点はあるのだろうかと、探してみたがとくにこれといったものはわからない。
何だろう。

「蛾」「巨人の接待」は何か不可思議な雰囲気の話。
現実感が伴わず、一体何なんだろうと首を傾げたくなる。
ちょっと期待した桐野夏生の「告白」も江戸時代初期の異国で偶然出会った日本人同士の話。
縛られたまま昔話を聞かされるヤジローの恐怖と戸惑い。
短編なだけに続きはご想像というところはちょっと辛い。

小池真理子は期待通り。
夫に黙って出ていく妻。
夫の留守中に引っ越しをする。
引っ越し業者の男と話しながら、妻の心の動きを丁寧に描写。
マンションの数ある部屋の中から、理由もなく選び出した一つの部屋にある物語。
たくさんある物語の一つを淡々と語る。
味のある作品だ。

「夕陽と珊瑚」はヘルパーさんと認知症の老人のちょっと怖い話。
インパクトがあって良い。
「リハーサル」は50を過ぎて女の終わりを感じる女性のお話。
男であっても似通ったものがある。
ちょっと我が身に置き換えてしまう。

それぞれがそれぞに持ち味が異なり、いろいろな変化球が飛んでくるバッティングセンターの打席に立っているよう。
まあこういう短編も時間のある時にはいいものだと思う。



Invitation

Invitation

  • 作者: 江國 香織
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/01
  • メディア: 単行本



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