2018年05月09日

【アマゾンが描く2022年の世界 −すべての業界を震撼させる「ベゾスの大戦略」−】田中 道昭 読書日記917



序 章 なぜ、今アマゾンに注目が集まっているのか
第1章 アマゾンの大戦略を5ファクターメソッドで読み解く
第2章 なぜ、アマゾンは「現実世界」に参入するのか
第3章 アマゾンの収益源はもはや「小売り」ではない
第4章 ジェフ・ベゾスの宇宙戦略
第5章 アマゾン、驚異のリーダーシップ&マネジメント
第6章 アジアの王者「アリババの大戦略」と比較する
第7章 ベゾスは真の顧客第一主義者か、それとも利己主義者か
おわりに これから日本、米国、そして世界で起きること

アマゾンと言えば、インターネットの本屋さんというのはもう一昔前の話。気がつけば今は実にいろいろなものを売っている。もともと面倒臭がり屋の私としては、何かを買う際にはまずアマゾンで売っていないかどうかを確認するように(そして大概売っているので買うように)なってしまっている。実に便利な「何でも屋」である。そんなアマゾンについての本ということで、興味を持って手にした一冊。

冒頭、いきなり近未来(と言っても2022年11月)の世界が描かれる。そこは「アマゾン365」という無人コンビニ。そこのオープンスペースで架空の人物佐藤さんは仕事をしている。そこではサイトで購入した衣服の試着もでき、有名レストランの宅配も利用できる。今話題のアレクサが搭載された眼鏡をかけ、今の気分にあった音楽をリクエストする。実家の母はクラス会に来て行く服をアレクサと相談して決め、そんなアマゾンはユニクロを凌駕するSPAに成長している・・・

こんな未来予想図はまだまだ続くが、SF世界の話ではなく、すぐそこにある現実というところがすごい。今やアマゾンのターゲティングも「0.1人セグメンテーション」という、「その人の今」にターゲットを絞っているという。宅配便ではヤマト運輸の値上げ要請を飲んだものの、いずれ対抗手段を講じてくると予測する。「品揃え」「価格」「利便性」という顧客第一主義の重要な三要素を念頭に、アマゾンはビッグデータ×AIをフル活用したユーザーエクスペリエンス(顧客の経験価値)を提供する。

今テレビでもアレクサのCMをやっているが、無人コンビニ「アマゾン・ゴー」音声アシスト端末「アマゾン・エコー」の展開を始めており、確実に冒頭の近未来に向けて歩みを進めている。本来、どちらかになるコストリーダーシップ戦略と差別化戦略を両立して進め、死角がない気がする。「会員にならないと自分が無責任だと思うような存在にしたい」とジェフ・ベゾスが語るプライム会員に、いつの間にか私もなっている。

そんなアマゾンの大戦略が語られる一方で、ジェフ・ベゾスの人物像も描かれる。どうやらスティーブ・ジョブス同様変わった方らしい。大きなビジョンを掲げた長期的視点と高速PDCAを回す超短期の視点と両極端な人間で、「エイリアン」や「火星人」などという評価もあるようである。そしてアマゾンの事業だけでなく、個人で宇宙事業にも手を出しているという。AI時代における人の仕事とは、異質な知性を創造することとする。数字を武器にし、早く失敗して早く改善することを説く。低利益率の戦略は、それゆえに競合企業の参入を防ぐ。ものすごく優秀な人物だと思う。

しかしその一方で、急成長する中国三強IT企業の1社であるアリババとの比較では、欠点も指摘される。トップのジャック・マー氏は「中国のためにインフラを整備する」という公共的な目標を掲げ、人物面で世間の尊敬を集めている。アリババ自体もアマゾンと比べてCSRに力を入れている。アマゾンは逆に地域社会とコンフリクトを起こし、小売店舗に大きな被害を出している。「要塞(=アマゾン)の中での買い物は私たちを幸せにするか」という著者の問いは興味深い。

アマゾンについて書かれているが、後半は問題点も辛辣に指摘しており、単なる礼賛本ではない。アマゾンvsアリババに対抗する新経済圏を創造する担い手としてメルカリに期待を寄せるなどの記述もあり、アマゾンのというよりも、アマゾンを中心とした近未来についての本と言える。これからどうなって行くのか、消費者の立場からは興味深い。

アマゾンについて、その現状と向かう方向を確認し、そして世の中の動きを予測する。そういうことを考えてみることができる。単に楽しみにするばかりでなく、自分の仕事に何かヒントにならないかと考えてもみたくなる。そういう意味で一読の価値ある一冊である・・・





posted by HH at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | ビジネス/企業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月08日

【花咲舞が黙ってない】池井戸潤 読書日記916



第1話 たそがれ研修
第2話 汚れた水に棲む魚
第3話 湯けむりの攻防
第4話 暴走
第5話 神保町奇譚
第6話 エリア51
第7話 小さき者の戦い

池井戸潤の「銀行員」ものと言えば、テレビで人気を博した「半沢直樹」シリーズがあるが、これは女性を主人公として、やはりテレビドラマで人気となった「花咲舞」シリーズである。ドラマの元ネタは別らしいが、これはドラマのヒット後に書かれたもののようである。内容はすべて短編となっていて、事務部臨店指導グループに属する花咲舞が、一緒に行動する同僚の相馬と行く先々で事件に遭遇するというパターン。銀行内部の事情も描かれていて、元行員としても興味深い。

「たそがれ研修」とはいきなりのタイトルである。著者の所属していた銀行では、45歳くらいになると「転籍」を視野に銀行員人生のその後についての研修がある。銀行員のまま定年を迎えられるのはごくわずかで、基本的に皆50代前半で転籍する。そんな転籍を控えた銀行員の情報漏洩がテーマとなっている。

「汚れた水に棲む魚」は、トラブル続きの支店に指導に訪れた舞は、そこで取引先が暴力団のマネーロンダリングに巻き込まれているのを知る。通帳を細かく観察し、そこに出ている記号から資金の動きを想像するのは、実に銀行員らしい。
「湯けむりの攻防」では、舞たちは別府温泉にくる。ここにも支店があるのであるが、衰退する温泉街を活性化させようと、老舗旅館の経営者は設備資金の借入を申し入れしているが、舞の所属する東京第一銀行の本部はその承認を渋っている。

「暴走」は、暴走運転で死傷者を出した事故が起こり、犯人の運転手が実は直前に東京第一銀行でローンを断られていたことが判明する。しかし、実はその時犯人から貴重な情報を得ていたが、それが握りつぶされていたことが判明する。
「神保町奇譚」は、臨店指導の帰りに支店の近くの評判の店に訪れた舞と相馬が、偶然臨席した年配の女性から、亡くなった娘の銀行口座に動きがあったことを知る。話を聞くうちに、その背後にあった出来事が浮かび上がる。

「エリア51」は、銀行でも表に出せない融資の話。トップの一部しか知らない事情のある話で、この手の話は金融危機の際に私の勤めていた銀行でも表に出てきて問題となったから、実に生々しく読んだ。
「小さき者の戦い」は「エリア51」に続く話。相馬が転勤となり、その店に臨店した舞はある不自然な融資に気がつく。そしてそれを辿っていくと・・・というもので、最後を飾るにふさわしい面白さ。

時代は少し前のもので、東京第一銀行は産業中央銀行と合併する準備を進めている。産業中央銀行の人間として若き日の半沢直樹も登場する。企画部の昇仙峡玲子なるキャラクターもユニークで、読者を気軽に楽しませようというサービス精神が溢れている感じである。半沢直樹シリーズとはまた一味違うテイストで、これはこれでなかなか面白い。今後シリーズ化されるのかどうかはわからないが、シリーズ化されるなら読んでみたいと思う。

シリーズ化されたとしたらどうなるのだろうか。半沢直樹は、若い日から始まり、だんだんと出世していっている。それはまるで、「島耕作」のようであり、サラリーマンらしい面白さだと思う。それに対し、花咲舞は女子行員。男に比べると出世し難いという問題もあり、そこのところが興味深い。ストーリーとともに楽しみにしたいところである。

いずれにせよ、池井戸潤の銀行シリーズとして楽しめる一冊である・・・



posted by HH at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 池井戸潤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月01日

【問題児 三木谷浩史の育ち方】山川健一 読書日記915



プロローグ 太陽の子
第1章 三木谷浩史を教育した父と母の教え
第2章 三木谷浩史が選び取ってきた道
第3章 実業家が世の中を変えていく
第4章 ヒーローだった父との永訣
第5章 三木谷浩史が描く教育とは
特別付録 家族の会話「日本よ再び海洋国家になれ!」

三木谷浩史と言えば、間違いなく日本を代表する若手経営者だろう。自身、創業者でもあるから旧態依然とした大企業の経営者とは一線を画している。したがって、本の題材としてもピッタリなのだと思う。以前『ファースト・ペンギン 楽天三木谷浩史の挑戦』という本を読んだが、この本はまたそれとは趣向を変え、三木谷氏個人の内面に迫ったところが大きい。そんなところが興味深い一冊である。

まずは、子供時代から。「太陽の子」とあるように、自由に育っていたようで、学校の成績はひどいものである。ただ、冒頭で出てくる父親から切腹を迫られるエピソードがすごい。先祖を辿れば本多忠勝に行き当たるのだそうだが、そもそも太刀と短刀があるところが違う。そしてそんな父親は神戸大学の名誉教授で経済学者の三木谷良一氏であったらしいが、ご本人の性格形成には親の影響も強くあるようである。

さらに一家でアメリカに住んだ際、小学生ながら三木谷氏は「ボーイズルーム(トイレ)」という単語だけ教えられ1人で学校に行かされたそうである。両親はたまたま都合が悪かったらしいが、日本人学校ではなく地元の学校に転校初日にその有様はすごいと思う。そしてその日にアメリカ人の友達を連れて帰ってきたという。人懐っこい性格なんだそうであるが、自分にはない資質だと思う。

横道にそれることを心配した父がテニスをやらせるが、これに三木谷氏はのめり込む。高校に入りテニス部に入るが、球拾いに疑問を持つ。「球拾いをしてテニスが上手くなるのか」と父に問い、「うまくならんやろ」と言われるとさっさとテニス部をやめ、地元のテニスクラブに入り直す。こういう合理的な行動は、この頃から徹底していたということだろう。

高校2年から心機一転、猛勉強して一浪の末一橋大学に入る。この頃のエピソードも面白いが、興銀に入り、外国為替部に配属され同期一番でアメリカ留学に選抜されるのもすごい(らしい)。もともと「あれをやれ」と言われれば言われた3倍以上のことをするのが当たり前という優秀なメンバーの中で、地味な事務部門で選抜されるのもすごいことだという。仕事の構造改革が途轍もなく評価された結果らしいが、根底に流れるものは一貫している気がする。

楽天が成功した現在、その活躍は経済界全体に影響を及ぼす。原発を擁護する経団連を嫌って脱退し、新たに新経済連盟(新経連)を立ち上げる。自民党から依頼されて提出した日本の持続的成長プランは、他の経済団体のそれとは異質だったという。GDPを150兆円上げるというその内容は、観光立国で30兆円、シリコンバレー化で100兆円、スマートネイションで20兆円というもので、採用されれば面白そうだと思うものである。

話題となった英語の社内公用語化も「世界中から最高の頭脳を持った人材を集める」という観点からは避けられないものだったというが、その結果を見れば納得する。外から英語の社内公用語化の是非を議論しても、その真意がわからないと意味がないと改めて思う。憲法改正に反対する理由も自分と同じだと知って興味深いし、日本の教育問題についての考え方も興味深い。感じるのは、考え方が表面的でないということ。

それについて、三木谷氏はある時自分を「ファンダメンタル・シンカー」だと言われて納得したと言う。それは「通念や俗念と言うものから離脱して物事を考えられる人」と言うことらしいが、これも大事だと思う。この本では、至る所で「大事なのは何が本質的なことか考えること」と語られるが、自分もこれには激しく同意する。ご本人は、短所は「普通の人のようにはできない」ことと語るが、だからこそ時代の先頭に立てるのだろう。

こう言う自伝は、「他人だから書ける」と言う部分もある。第三者の立場から、家族や友人らの視線も絡めての三木谷浩史像はなかなか興味深い。考え方や視点など興味深く読み進められた一冊である・・・




posted by HH at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | ビジネス/自伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月30日

【江副浩正】馬場 マコト/土屋 洋 読書日記914



序 章 稀代の起業家
第1章 東京駅東北新幹線ホーム
第2章 浩正少年
第3章 東京大学新聞
第4章 「企業への招待」
第5章 素手でのし上がった男
第6章 わが師ドラッカー
第7章 西新橋ビル
第8章 リクルートスカラシップ
第9章 安比高原
第10章 「住宅情報」
第11章 店頭登録
第12章 江副二号
第13章 疑惑報道
第14章 東京特捜部
第15章 盟友・亀倉雄策
第16章 リクルートイズム
第17章 裁判闘争
第18章 スペースデザイン
第19章 ラ・ヴォーチェ
第20章 終戦
第21章 遺産

 もともと経営者の自伝は好きなのであるが、それはその人物に興味があればなおさらであるのは言うまでもない。だからこそ、『スティーブ・ジョブズ』に飛びついたのであり、日本人であればこの人についても同様なのである。リクルートの創業者である江副浩正のことは知らないことはないが、かと言ってどこまで知っているかというと、それは大変心もとない。そんな自分にとって、この本は見た瞬間に読みたいと思った本である。

 神戸に生まれ、東大に進む。東大受験は英語ではなく、当時珍しかったドイツ語。高校では受かるわけがないと思われていたらしいが、ドイツ語の選択が良かったらしい。もともと家は裕福ではなく、高校時代は豊かな家庭の子女が通う私立に進学し肩身の狭い思いをする。そんな身分だから大学に入ってもバイトは不可欠。そんな江副の目に東京大学学生新聞会のアルバイト募集が止まったのは、桁外れの高給募集だったから。そしてこれが後々に大きく物を言うのだから、人生わからないものである。

 仕事内容は営業。広告を取ってくるのがその仕事。ここで「新聞は下から読め」と言われ、それを実践。そして記事と広告の一体化を思いつき、合格者名簿の記事と一体化させる広告として予備校へ営業に行く。これが受けてそれまで苦戦していた広告が面白いように取れる。それを皮切りに、同じような一体化広告を次々に仕掛け、東大新聞は部数を伸ばし、歩合給の江副の給料も増えて行く。

 しかしそれが高じ過ぎて就職せずにそのまま大学新聞の仕事を続けようと決意する。そうして1人起業する。東大卒でなんたる冒険だろうと思う。こんな真似のできる人はそう多くはない。そして掘建小屋(のような事務所)を借りて、人を雇い孤軍奮闘が始まる。面白いもので、1つがうまく行くとそれが次の仕事を生む。友人からの情報もあり、やがて「広告だけの本」と言う概念にたどり着く。聞いた友人は無茶だと言うが、江副は理屈に基づいた勝算をもとに邁進する。

 やがて最初の商品である「企業への招待」が出来上がる。そこから「日本株式会社の人事部」と言う概念を立て、さらにそこから派生してついに「情報産業」と言うコンセプトにたどり着く。まさに道なき道を切り拓くがごときで、読み物としても面白い。資金調達では苦労したりもしたようであるが、いろいろな人の力を得て、企業情報から住宅情報、進学、転職と幅を広げて行く。今日のリクルートができて行く過程は実に興味深い。

 そして父親の影響による株式投資の話や、何と言っても関心の高い「リクルート事件」についても語られる。実はリクルート事件については、「悪質な贈収賄事件」と言うイメージであったが、この本によれば実は上場に当たって株主を200人にしなければならないと言うルールがあり、そのために江副はお世話になった人に株を渡して株主になってもらったのだと言う。ただ、そこに政治家が含まれていたことから、要らぬ疑いを招いてしまったらしい。だとすると、これで江副はリクルートを離れざるを得なくなったわけであり、大きな損失だったと言えるのかもしれない。

 著者は2人ともリクルート出身で、江副の薫陶を受けたのだとか。この本は恩返しの意味もあるらしい。著者は江副の功績として2つ挙げている。
1. 情報誌を創り出したこと
2. 成長する企業の思想と仕組みを創ったこと
いずれも大きな功績だと思うが、個人的には「2」の功績の方が特筆すべきものだと思う。公務員思考、安定思考とはかけ離れたこの思想は、今の日本に非常に求められているものだと思う。

 江副浩正という人物について、遅まきながら知ることなったが、それは実に有意義である。自分自身も意識したいと思わされる部分が多々ある。世に数多く飛び出しているリクルート出身者に自分も負けないようにしたいと改めて思わされる。
「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」
実にいい言葉である。ビジネスマンなら是非とも一読したい一冊である・・・



posted by HH at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | ビジネス/自伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月25日

【荒くれ漁師をたばねる力 ド素人だった24歳の専業主婦が業界に革命を起こした話】坪内知佳 読書日記913



第1章 「社長になってくれ」と頼まれて
第2章 荒くれ者たちとの戦い
第3章 漁師たちの反乱
第4章 心をたばねる
第5章 強く、熱い風になる
第6章 命を輝かせて働くということ

 著者は萩大島船団丸という3船団からなる漁業団体の代表。漁師と言えば男の、しかも「紳士的」とは程遠い男の仕事であり、その船団の代表を女性でありながら務めるというのは、それだけでも話題性が十分。しかも、大学中退のシングルマザーという経歴はそれに拍車をかける。そんな著者の船団代表になってからの奮闘記である。

 著者と船団代表の長岡との出会いは偶然。シングルマザーで必死に仕事を探し、こなしていた著者とある宴会場で知り合う。「なんかあったら声かける」とその場は別れるも、その後漁師たちの未来を考える仕事を手伝ってくれと頼まれる。報酬は船長3人がそれぞれ出しあった月3万円。実は、船団は近年漁獲量の減少に悩まされており、将来に対して極めて強い不安を抱いていたのである。

 著者はそのあと知った農林水産省の「六次化産業・地産地消法」に基づく認定事業に応募することにする。よそ者の立場でありながら、著者は漁師の世界にどんどん入っていき、情報をリサーチしていく。漁師の世界は排他的と言われるが、それはあくまで同業者に対するもので、よそ者が自分たちに興味を持ってくれるのは大好きなのだと知る。こうして、著者の中に「島の豊かな暮らしと美しい刺し盛り文化を50年後も守りたい」というビジョンが生まれる。

 そうしてなんとか認定事業者となるも、事業を進めていこうとする前に次々と壁が立ちはだかる。まずは漁協との対立。これは農業分野の農協と同じで、やっぱり新しい事業、自由な事業の壁となる。漁師も船の燃油や魚を詰める箱や氷や融資などあらゆる点で漁協を無視できない。これを著者は対立ではなく交渉を粘り強く続け、妥協点を見出していく。

 そして何より各所で説明されるのは、著者と漁師との対立。「小娘のくせに」「よそ者のくせに」という思いは漁師たちにもある。ここで著者も怯まないところがなかなかだと思う。時にはジャージに着替えて作業を手伝い、子供を24時間保育に預けて遠く大阪まで営業に出向く。目的が全体の利益であり、必死になって頑張っている人間をそう邪険にはできない。対立しても結局元の鞘に収まるのは、そこなのだろう。
 
 著者は若いながらも芯がしっかりしていると感じる。6次産業化の事業(魚を取りそれを料亭などの消費者に直送する)も手探りでのスタート。問題は次々に起こる。漁師にできるのは魚を取ることだけ。仲間が抜けて行ったり、クレームが来たりとするが、戸惑う漁師を束ねていくにはリーダーが不動の姿勢を見せないといけない。それを著者が実践していく。「私がなんとかする」というスタンスが皆の信頼を勝ち得ていく。

 著者には逃げ道がなかったのも事実だろう。子供もいるし、働かないといけないし。だから「辞める」という選択肢がなかったこともあるが、それでも「やり抜くスタンス」が何よりも大事だと改めて思う。そしてやはり「覚悟」だろう。それがあるから、次々に生じる困難にもめげることがない。よそ者としての視点を持ち、覚悟を持てば、「小娘」でも荒くれ者をたばねることができる。24歳の専業主婦にできたのだから、大抵の人にもできるはず。転職する人など新しい環境に飛び込む人には参考になるところが多いと思う。

 荒海に飛び込む勇気が得られる一冊である・・・




posted by HH at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | ビジネス/自伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月24日

【サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福】ユヴァル・ノア・ハラリ 読書日記912



原題: Sapiens A Brief History of Humankind
第1部 認知革命
 第1章 唯一生き延びた人類種
 第2章 虚構が協力を可能にした
 第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし
 第4章 史上最も危険な種
第2部 農業革命
 第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇
 第6章 神話による社会の拡大
 第7章 書記体系の発明
 第8章 想像上のヒエラルキーと差別
第3部 人類の統一
 第9章 統一へ向かう社会
 第10章 最強の征服者、貨幣
 第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン
 第12章 宗教という超人間的秩序
 第13章 歴史の必然と謎めいた選択
第4部 科学革命
 第14章 無知の発見と近代科学の成立
 第15章 科学と帝国の融合
 第16章 拡大するパイという資本主義のマジック
 第17章 産業の推進力
 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
 第19章 文明は人間を幸福にしたのか
 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ

 「サピエンス全史」というのは、随分大上段に構えたタイトルであるなと思ったが、内容を読んでみれば納得の大作。ホリエモンも読んでいるベストセラーなのも頷ける内容である。
現在の人類は「ホモ・サピエンス」と名付けられているが、実はアウストラロピテクス属に属するサピエンスは多岐にわたっていたという。いわゆるホモ・ネアンデルターレンシスやホモ・エレクトスなど多数である。今も猿が何種類もいるのを見れば納得する。

 そんな人類が、ホモ・サピエンスに統一されたのは、70,000年前の「認知革命」の結果だという。これにより比類なき言語と架空の事物について語る能力を手にし、ホモ・サピエンスは非常に多数の見知らぬ者同士の協力を可能にし、他のサピエンスを駆逐したのだと言う。チンパンジーは150という個体数を超えると大混乱に陥るという説明は説得力がある。デモなんてできないわけである。

 初期の狩猟採集生活は、実に栄養も豊富で、幼児死亡率の高さから平均年齢は低かったものの、80代まで長生きした者もいたというのは驚きである。これが旺盛な大移動で各地に広がり、それによって多くの大型動物を絶滅させたというのは、意外な事実である。そしてサピエンスは次に「農業革命」を迎える。一段の飛躍かと思いきや、実はここで見れば狩猟採集生活の方が豊かだったと著者は論ずる。これも意外。

 要は生産性がアップして食料自給も増えたが、個体数もその分増加して、個々人ベースで見ればそうなのだという。
・子供が増えれば余剰の小麦はより多くの子供が分けあわなければならない
・母乳を減らせば免疫系が弱まり、永続的な定住は感染症のリスクを増やす
・単一の食料への依存は干ばつのリスクが高くなる
そうした事実から、著者は「農業革命は罠だった」とする。そして大きな発明は何と言っても貨幣。これにより最も普遍的で最も効率的な相互信頼の制度を可能とする。

 こうした農業革命は、神々を生む。豊作と家畜の多産に対する願いが起源だという説はなるほどである。しかし、それがアミニズムから一神教になると様相が変わる。ローマ皇帝がキリスト教徒を迫害したのは300年間で4回、犠牲者は数千人だが、その後1,500年間でキリスト教はわずかな解釈の違いを守るため同じキリスト教徒を数百万人殺したという指摘には考えさせられる。

 そして最後の「科学革命」が来る。この科学と帝国主義と資本主義のフィードバックがその後の歴史を動かす原動力となる。探検と支配の精神構造が優っていたヨーロッパが、アジアを逆転して繁栄をもたらす。西暦1,000年から1,500年までの変化と、1,500年から2,000年までの変化には同じ500年でも格段の差がつく。国家と市場経済がもたらした平和は、人類の存続も脅かすほどになるが、一方で大戦後は史上空前の平和社会を実現する。

 人類史と言ってしまえばそれまでであるが、3つの革命を通じての発展は、気がつかなかった見方を様々与えてくれる。目から鱗の感があるところが多々ある。さらにサピエンスの未来は、これまでの自然淘汰ではなく、生物工学、サイボーグ工学、非有機的生命工学からの可能性にも言及していて、思わず唸らされてしまう。改めて「人間とは」と考えさせられてしまった。

 壮大なスケールで展開されるサピエンスの歴史。地球にとって善か悪かはわからないが、これからどう発展していくのだろうか。実に考えさせられる一冊である・・・




posted by HH at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月19日

【成功している人は、なぜ神社に行くのか?】八木 龍平 読書日記911



プロローグ 科学者が商売あがったり≠ノなっても伝えたい「神社の真実」
第1章 成功している人は知っていた、神社に仕組まれた秘密の力
第2章 知らなきゃもったいない!神様とご縁が深まる祈り方のルール
第3章 世界を動かす見えない仕組み
第4章 神社式コミュニケーションで仕事も人間関係もうまくいく
第5章 人生を加速させる次元上昇を起こそう
エピローグ 「神社のある日本」という人を幸せにするシステム

 著者は現在大学でインターネットマーケティングの教鞭をとっている方なのだと言う。科学者としてPh.Dの学位を持ち、しかし一方で触覚型の霊能者と称する方である。なんとも複雑である。そんな学位を持つ科学者兼霊能者である著者が、日本の神社についてその効能を語った一冊である。

 著者がこの本で一番伝えたい事は、「神社には意思のある知的生命体がいて世界に大きな影響を与えている」ということらしい。神さまとは、いわば知的な空気であり、意思と目的を持った透明な存在だとする。神社にお参りをした際、タイミングよく風が吹いてきたとすると、それは神様のサインだと著者は語る。ちょっと読むのをやめようかどうしようかと躊躇させられる。

 著者の語る内容は、どうも素直には受け入れ難いものがある。ただ、それはそれで参考になる部分も多いし、頭から否定するのもいかがかと言うところもある。例えば、お参りした際は、住所・氏名を名乗り、参拝の感謝とともにお願いをするのだと言う。お願いの後は、「はらいたまえ、きよめたまえ、かむながら まもりたまえ さきわえたまえ」という祝詞を唱えるとする。よく神様にはお願い事ではなく、感謝を伝えろと説く本やメルマガなどを目にするが、著者ははっきりと「お願いしろ」と言う。

 神さまとの交流は「スキマを作る」ことが大事だとする。あれやこれやと心を悩ませるのではなく、無心の心で対峙すれば神さまが入って来やすくなるのだと言う。そして神さまとは祈る人の祈りの集合体だとする。人が祈る事ですべてのものに神様が入りやすくなるとする。そのほか、ちょっと変わった考え方もある。

1. 年3回参拝すべし家族と、1人で、そして大切な仲間と
2. 産土神と鎮守が自分を守ってくれるネットワークの入り口
3. 物を大切にすると運が良くなる
などが説かれる。神さまとは「祈る人の祈りの集合体」でもあると著者は説く。それゆえに意識の集合体として長年愛用されてきたもの自体にも神が宿るため、物を大切にすべしと言う事らしい。

 意識の集合という意味では、ライブも集合意識であり参拝するのと同じだとする。意識の集合体である点では、法人も神社であるとする。会議室さえも神社化することができるとその方法を説く。神社化は己の体にも7つの神社があるとする。まぁなんでも主張するのは自由なわけであり、著者が信じていることを否定するつもりはないが、受け入れるのは難しい。ただ、参拝の仕方などは、そうかもしれないと思うところもあり、これからは遠慮なく願い事をしたいと思う。

 頭から否定するのではなく、受け入れられるところだけ受け入れたらいい。そんな風に捉えたい一冊である・・・




posted by HH at 00:00| 東京 🌁| Comment(0) | 人生論・哲学・生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月16日

【死の島】福永武彦 読書日記910



 この本はもう40年以上前に出版されたものであるが、書評を読んで興味を持ち、手にしたもの。テーマは「原爆」。いささか古い感があるが、それでも40年以上前の当時ではまだ身近なものだったのかもしれない。いろいろな意味で興味深い。

 主人公は出版社に勤める相馬鼎。物語は、主人公の相馬鼎と2人の女性、画家の萌木素子と相見綾子との交流が描かれていく内容。素子はかつて広島で被爆し、家族を失い、自身も傷跡の残るけがを負っている。一方、綾子は再婚した父親と継母と妹にあたる連れ子の家庭に居心地の悪さを感じ、家を出て男と暮らしていたが、今はそこを飛び出して素子と暮らしている。相馬鼎は、偶然展示会で素子の描いた「死の島」という作品に惹かれ、素子に手がけている本の装丁を依頼するために訪ねて行ったことから2人との交流が始まる。

 この作品は、読み始めてすぐに読む者を戸惑わせる。いろいろなシーンと登場人物とが表れ、話がバラバラと錯綜するのである。だが、慣れてくるとそれぞれ大きなパーツに分かれていることに気がつく。それは以下の通り。
1. ある1日の相馬鼎の行動
2. 相馬鼎が素子の作品と出会う300日前から前日までの物語
3. 相馬鼎が書いている小説「恋人たちの冬」、「カロンの艀」、「トゥオネラの白鳥」の筋書き
4. 素子の内面の声
5. 或る男の物語
 できれば始めにこれがわかっていたら、もう少しスムーズに物語の世界に入っていけたと思う。

 この5つの物語が交互に描かれていく。中心となるのは、ある1日の相馬鼎の行動。時に昭和29年1月24日である。夢から始まるその物語は、暁から朝、午前と時刻が移り変わっていく。一番の中心となるのが、その日届けられた一通の電報。そこには広島に行った素子と綾子が心中をしたというもの。取るものも取りあえず広島へ向かう相馬。しかし、当時はまだ急行電車で東京から広島まで16時間の旅。道中2人に思いを馳せる相馬の胸中。

 その合間に、300日前に知り合ってから今日に至るまでの付き合いが描かれ、素子の死を決意するに至るまでの心の声が描写され、2人をモデルにした相馬の未完成の小説の筋書きが書かれる。それとは一見何の関係もなさそうな或る男だが、実は登場人物と繋がっている男の物語が加わる。心中したと伝える電報。詳細はわからない。車中で受け取った第二弾の電報では1人死亡が伝えられる。果たして死んだのはどちらなのか。

 知り合ってから今日に至るまで、相馬は素子と綾子とそして2人が下宿している家の家主との交流する。相馬は、素子にも綾子にも心惹かれるものがあるが、果たして自分はどちらを愛しているのかよくわからない。否、両方を愛しているとも言える。男であればこの気持ちは理解できる。それぞれにいいところがあるのだろう。素子はどことなくミステリアスで、相馬とは距離をおこうとしている。そして綾子はどこまでもしおらしい。

 一見、綾子の方が男としてはいいように思うが、相馬は素子にも惹かれる。そんな2人のうち、どちらが生き残ったのか。長い列車の旅に時間の経過がもどかしい。そして広島の病院に到着した相馬を待っていた結末。これはなかなか面白い試みだと思う。被爆した素子の心の動きが死を選ぶに至った心境をよく表す。読み終えて深い余韻が残る。どこまでも切なさが漂ってくる。

 原爆の記憶も風化しつつある中、こういう小説も改めていいなと思う。露骨に悲惨さを訴えかけるものではなく、静かにそれによって狂わされてしまったものがあったことが描かれる。
 傑作と言われるのも頷ける一冊である・・・



posted by HH at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月05日

【笑う奴ほどよく眠る −吉本興業社長・大崎洋物語−】常松 裕明 読書日記909



プロローグ 楽屋
第1章 難波大阪編
第2章 疾走編
第3章 疾風怒濤編
第4章 漂流編
第5章 死闘編
エピローグ それから

 サブタイトルに「吉本興業社長・大崎洋物語」とあるように、これは吉本興業社長である大崎洋氏の自伝的物語である。ただし、ご本人が執筆している訳ではないが、それはあまり重要なことではないだろう。

 物語は、主人公である大崎が吉本興業に入社し、新人研修で訪れたなんば花月の楽屋から始まる。「瞬間、圧倒された」と冒頭から語る大崎。そこにうごめく芸人の世界は、一般社会からいきなり入ればそれは圧倒されたのだと思う。雑然とした舞台裏で賭け事をしている人がいたり、女性芸人が着替えていたり。中でもベテラン芸人である中田カウスにピタリと借金取りが張り付いている様子が、個人的には印象的。一般人には窺い知れない世界である。

 大崎氏はバイトとサーフィンの大学時代を終えて吉本興業に入社。他に同期は2人いたが、扱いの上では一番下。それは配属にも現れていて、一番優秀な者が一番格上の花月である「なんば花月」に、そして次が「うめだ花月」、そして一番評価の低かった大崎が「京都花月」に配属される。こういう格差は、どこの企業でもあるかもしれない。ドラフト一位とビリの差である。そして大崎は、当時ミスター吉本と言われた個性の強い上司の下に配属される。

 いきなり、「一番できの悪いやつか」と言われ、タクシーの乗り方からタレントの呼び方まで教えられて行く。「挨拶以外社会人としての常識はダメ」と自認していた大崎は、基礎を叩き込まれて行く。酷い扱いとはいえ、大崎も遅刻常習者でかなりのチョンボもやっていたようであるから、まんざらただ扱いが酷かっただけでもないような気もする。

 まだ「コンプライアンス」も浸透していない時代。怖い人たちとも遭遇しながら、やがて漫才ブームも到来し、大崎は忙しく働きながら仕事を覚えて行く。上司に教えられた「マネージャーは付き人ではない。タレントにおんぶに抱っこではなく、対等の立場で一緒に仕事をするもの」と教えられる。この考え方は、マネージャーだけでなくても、いろいろな仕事に応用できる考え方だと思う。

 やがて西川のりお・上方よしおのマネージャーを務める。さんまや紳助、ザ・ぼんちなどのメジャータレントとも付き合い、このあたりは裏話として興味深い。せっかく東京で頭角を現したものの、大阪に戻されてやることがなくなる。基本的に大崎は同僚の仕事を取ろうという発想はなく、誰もやっていないことに目を向けて行く。こういうスタンスが、最終的に社長にまで上り詰めた要因なのだろう。これもいろいろな仕事に応用が効くと思う。

 そんな中で、無名だったダウンタウンを発掘する。それが成功すると今度は落ち目だった吉本新喜劇の立て直しを命じられる。理不尽とも思える異動はサラリーマンの常とはいえ、大崎は腐らない。ダウンタウンとも二人三脚の関係を築き、映画や本や歌は大崎が勧めたらしい。コンテンツビジネスへの進出や音楽ビジネスとのコラボも、「人のやらないこと」を求めて行った結果。「仕事を自ら創り出す」スタンスこそが社長にまで上り詰めた要因だろう。「言われたことだけしている」サラリーマンだったらこうはいかない。

 普通の人間が知りようもないテレビの向こう側の話であり、物語としてはただでさえ面白い。そこにサラリーマンとして働く者が意識したいエッセンスがそこかしこに散りばめられている。同期入社でビリ扱いだった大崎が社長になれたのは、この働くスタンスに他ならない。楽しみながら学びもあり、サラリーマンであれば読んで損のない一冊である・・・



posted by HH at 20:47| Comment(0) | ビジネス/自伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月31日

【黄色いバスの奇跡 十勝バスの再生物語】吉田理宏 読書日記908



第1章 父と子の決断
第2章 試練のはじまり
第3章 苦悩
第4章 先輩の土下座
第5章 学びの日々
第6章 雪解け
第7章 小さなチャレンジ
第8章 新たな出発

 この本を読みたいと思ったのは、サブタイトル「十勝バスの再生物語」に惹かれたからに他ならない。企業経営、とかく企業再生に関するものには基本的に興味がある。地方では路線バスや鉄道が苦戦している話が多く、そんな中での成功事例となれば特に心惹かれるというものである。

 主人公は十勝バスの社長である野村文吾。十勝バスの四代目の社長である。父は三代目の社長であり、既に業績が悪化していたためであろう、息子である文吾氏に跡を継げとは言わず、文吾氏は大学を卒業するとプリンスホテルに就職していた。物語形式のこの本は、そんな父が突然文吾氏を訪ね、「会社をたたむことになった」と告げるところから始まる。

 文吾氏はその場は話を聞くだけにとどめるも、やがて考えた末、家業でもある十勝バスの経営の跡を継ぐべく入社を決意する。時に1998年4月1日。そんな文吾氏に、父は「経営企画本部長」としての職務を与え、実印と金庫の鍵をも渡し、全ての経営を委ねる。個人的にはこの時、父親がどんな考えだったのかすごく興味がある。

 十勝バスは1969年に最大2,300万人の利用者を有し、ピークとなって以降利用者は文吾氏の就任時にはピーク時の40%にまで落ち込み、赤字を垂れ流し、その赤字を国や地方自治体からの補填金で何とか賄っている状態であった。そんな会社だから社内も停滞し、特に顧客目線は欠如し、「乗せてやっている」という雰囲気であったという。

 文吾氏は、そんな中で何とか経営を立て直そうと奮闘するが、変革を嫌うのは停滞した組織の常でもあり、社員は反発。「笛吹けど踊らず」の状態であったという。それゆえ文吾氏は若手経営者の集いで、愚痴ってばかりいたようである。ところがある日、仲間から逆に叱られる。従業員を敵として見ていてはうまくいかないと。その真剣な苦言に反省した文吾氏は、「従業員を愛する」と決めて、仕事に向かう。

 それからだんだんと社員の態度も変わっていったという。社員から提案が出てくるようになり、それまで「営業しろ」と笛を吹いても踊らなかったのに、社員の方から「営業するしかないですかね」と出てくるようになる。この営業は、社長が想定していた大規模なものではなく、一停留所周辺を対象にした小規模なもので、社長も不満だったが黙って飲み込み、とにかく始める。すると少しずつ乗客が増え、この「小さな成功」が社員のやる気を引き出す。

 こうして様々な全社を挙げての取り組みで、十勝バスは2011年に40年ぶりの運送収入増を果たす。絵に描いたような再生ドラマであり、その過程には企業再生のヒントがにじみ出ている。薄い本であるが、エッセンスの果汁はたっぷりである。物語としても感動的でもあり、経営のヒントも溢れている。現在、同社のホームページを見てみると、この本以降も様々な取り組みがなされていることがわかる。実に楽しそうなホームページである。

 企業再生に興味のある人には、一読の価値ある一冊である。


posted by HH at 00:00| Comment(0) | ビジネスストーリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする