2017年03月22日

【「言葉にできる」は武器になる。】梅田悟司



「内なる言葉」と向き合う
正しく考えを深める「思考サイクル」
プロが行う「言葉にするプロセス」

著者は電通のコピーライターとのこと。著者の作品である「世界は誰かの仕事で出来ている(ジョージア)」、「この国を、支えるひとを支えたい(同)」、「その経験は味方だ(タウンワーク)」などは、私も目にしたことがある。そんな言葉のプロが言葉について語った一冊。私もブログをやったりしており、興味をそそられたところである・・・

まずちょっとした衝撃だったのが、
「言葉が意見を伝える道具なら、まず意見を育てる必要がある」
という言葉。考えてみれば当然ではあるが、どうしても「うまく喋ろう」「うまく書こう」とすると、表面的な言葉のみにとらわれてしまうところがある。伝わる言葉を生み出すためには、自分の意見を育てるプロセスこそ重要であり、その役割を言葉が担っているという説明は説得力が高い。

さらに「言葉は思考の上澄みに過ぎない」と著者は語る。言葉には、「外に向かう言葉」と「内なる言葉」の2種類があって、自分の頭の中に生まれている「内なる言葉」に「幅や奥行きを持たせる」=「よく考える」ことが必要だとする。確かに、言われてみれば「うまく喋ろう」「うまく書こう」とする時は、どうしても「外に向かう言葉」をあれこれ駆使するイメージを持ちがちだが、中身がなければそれもむなしい努力だろうと思う。

さらに「伝わる」と(人を)「動かす」とを考えると、その間には「志」があるという。志を共有していれば人は「動きたくなる」。それを著者はサン・テグジュペリの言葉を使って説明する。
「船を造りたいのなら男どもを森に集めたり、仕事を割り振って命令したりする必要はない。代わりに広大で無限な海の存在を説けばいい」
要は「内なる言葉」に意識を向け続ける習慣こそが重要なのである。

「幅と奥行きを広げる」と言っても簡単ではない。それに必要なのは下記の7つ。
1. 頭にあることを書き出す:とにかく書く、頭が空になると考える余裕が生まれる
2. T字型思考法で考えを進める:「なぜ」「それで」「本当に」を繰り返す
3. 同じ仲間(言葉)を分類する
4. 足りない箇所に気付き、埋める:MECE
5. 時間を置いてきちんと寝かせる
6. 真逆を考える
7. 違う視点から考える:複眼思考

後半は具体的なトレーニング方法となる。思いを言葉にする手法として2つの戦略があって、「言葉の方を知る」ことと「言葉を生み出す心構え」をすることだとする。言葉の型は下記の通り。
1. たった一人に伝われば良い:ターゲッティング、「あなたに」「伝えたい」「ことがある」
2. 常套句を排除する:相手と二人の間での言葉にする
3. 一文字でも減らす:削ることで言いたいことを際立たせる
4. きちんと書いて口にする:リズム
5. 動詞にこだわる:躍動感
6. 新しい文脈をつくる:意味の発明
7. 似て非なる言葉を区別する:意味の解像度を上げる

「時間を置いてきちんと寝かせる」とか「一文字でも減らす」などは、先日読んだ『書く力』にも同様の記載があった。やはり真実なのだろうと実感を持って思うところである。自分の興味を持っているところでもあるし、一読してすぐに身につくというものでもないが、これから心掛けていきたいというヒントになった。

確かに「言葉にできる」は武器になると思う一冊である・・・



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2017年03月16日

【コシノ洋装店ものがたり】小篠綾子



プロローグ 父と私、私と娘-コシノ家の生き様とは
第1章 女にしか出来ないこと
第2章 父と娘の二人三脚
第3章 男と女-夫婦というもの
第4章 別れと出会い
第5章 恋という名のあだ花
第6章 我が子との戦い
エピローグ 私の道はまだ続く-三姉妹から四姉妹へ

著者は、国際的なファションデザイナーであるコシノヒロコ、ジュンコ、ミチコ姉妹の実母。国際的なファッションデザイナーを3人も育てた方ということで、興味をもって手にした一冊。そろそろ将来のことも考え始める我が娘に、何か参考になることはないだろうかという思いがあったこともある。読んでみれば、なかなかユニークな人生を歩んだ方のようである。

著者が生まれたのは、大正2年。場所はだんじりで有名な大阪、岸和田。子供の頃は男の子と一緒になって遊んでいたという。それどころか、男の子と取っ組み合いの喧嘩をしたりもしたらしい。「男女七歳にして・・・」の時代にこれはかなり異例のこと。その日、学校に呼び出された後、家に帰り父親にぶん殴られたという。それ以後、男の子とは遊ばなくなったというが、この時好き勝手ができる男の立場を理不尽に感じたらしい。

そしてある日、ミシンの噂を聞きつけ、わざわざ置いてある店に見に行ったという。そしてそれに興味を惹かれ、毎日店に日参する。外から毎日眺められたら店の方もたまったものではなく、中に入れて見せてくれたらしい。そこからさらに店の手伝いを始めてしまう。他人の店で男に混じって女の子が働くことが正常ではない世の中、随分軋轢があったようである。父と対立し、女学校を辞めてその店に通い出す。

こうして著者は洋裁の道へと踏み出す。最初は奉公人としての立場であり、ミシンなど触らせてもらえない。ところが店の主人の計らいで、夜中に使わせてもらえるようになる。なんとも時代を感じさせるエピソードである。やがて独立し、コシノ洋装店を開店する。当時は男社会。女は家で家事をするものという世の中。相当珍しい存在だったのであろう。ただ、扱っているものが流行り始めていた(男が手を出しにくい)女性の洋服だったからよかったのかもしれない。

店も軌道に乗ってくると、著者は多忙な日々を送る。しかし、世の常識として結婚という問題が生じる。著者を見初めたという人が婿養子になる形で結婚するが、親の決めた相手との結婚で、しかも式の当日まで仕事をしていて、新郎を待たせたというから、ホントに何から何まで異例づくしであったのだろう。そして3人の娘たちが生まれる。

この結婚は、しかし夫が戦死するという形で終わりを告げる。さらに父親も死に、著者はコシノ家を一人で背負う立場となる。女手一つと言っても、著者の腕はかなり太い。商売も大きくなるが、ここである人物と不倫関係になる。今でも多少はそうだが、当時不倫となると世間の目は冷たい。子供も3人もいる中で、しかし著者は初めての恋に浮かれる。実に人間臭い方である。

年頃になった娘たちが、ファッションの道を歩むのも、著者が仕向けたわけではない。それでも多分、子供の頃から見ていた母親の後ろ姿が影響したことは間違いないだろうと思う。まるでドラマのような人生が描かれる。つくづく、人は考え方だと思う。時代の中で、多くの女性たちは普通に結婚して専業主婦となって夫を支え子供を育てるという人生を送っていただろう。著者はそれに反して、無人の荒野を誰の目を憚ることなく駆け抜けたのである。できない言い訳を次々に考え出す人には到底送れない人生である。

世の中に対するチャレンジという意味では、十分先駆者と言えると思う。そんな先駆者の人生を時代背景とともに読んでみるのも面白い一冊である・・・



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2017年03月15日

【経営者になるためのノート】柳井正



序 章 経営者とは
本編 経営者に必要な四つの力
第1章 変革する力
第2章 設ける力
第3章 チームを作る力
第4章 理想を追求する力

著者はユニクロの柳井氏。大経営者の本を読むのも、直接薫陶を得ることのできない身としては勉強になるというものである。手にとってまず驚く。その名の通り、「ノート」なのである。真ん中に普通の本のように文章が印刷してあり、その周りに広く余白がとってある。ここに気づいたことをどんどん書き込めということのようである。「自分だったらどう考えるのか」「自分の組織だったらどのようなことが当てはまるのか」自分でノートを完成させろという。なかなか面白い。

経営者とは、一言で言えば「成果をあげる人」だとする。「成果」とは「約束したこと」。経営者が、顧客、社会、株式市場、従業員に対して約束したことを実行して実現することである。そしてそれを考えるにあたって一番大切なことは、社会における自分たちの存在意義、つまり使命を考えることだと続く。会社の使命と成果が結びついていることが経営の原則だとする。自分たちの会社はどうであろうかと考えてみる。良い問いかけだと思う。

以下、経営者に必要な四つの力というテーマに沿って話が進む。心に刺さった言葉をメモしているとあっという間にリストが長くなる。
1. 非常識と思えるほどの目標を掲げよ
2. 終わりから始める。ゴールを設定すれば「すべきこと」が明らかになる
3. 常識を疑い、常識にとらわれない
4. 危機感に基づいて経営をやるべきであって、不安に基づいてやってはいけない
5. 仕事の基準を高く持ち、妥協と諦めをしないで追求する
6. 自分なりの基準ではなく、お客様が本当に喜ぶ基準
7. リスクがあるところに利益がある
8. リスクを取った限りは中途半端にせず、結果が出るまでやりきる
9. 要求、質問をしないと現場の仕事は「作業」になる
10. 厳しい要求をする。要求してやらせる以上は最終的な責任は上司が全部取るということを覚悟しておく
11. 自分はできていると思わないようにする
12. 自分に力をつけて本物の情報が入るようにする
13. お客様の声は重要だが、その一枚上手を行こうとする
14. 提供者である自分たちが本当にいいものと思うもの、本当にいいお店だと思うものを作る
15. 当たり前のことを徹底して積み重ねる。能力よりも習慣
本当にキリがない・・・

リーダーシップについても、個人的に大いに勉強になる。
1. 信頼こそすべて
2. 首尾一貫
3. 部下の立場に立って話を聞く
4. 目標はしつこく繰り返してはじめて共有できるもの
5. 仕事を本人に考えさせることが責任感の根源となる
6. 自由に考えさせて権限を与えた方が結果もよくなる
7. 本人が自分の仕事だと思ってやるから責任も追及できる
8. 自分の仕事だと思った時、人は頑張る。箸の上げ下ろしまで指図しない
9. 仕事の成果=能力×モチベーション
言われてみればその通り。自分自身が部下の立場に立てば、こういうリーダーの下で働きたいと思うだろう。自分もかくありたいと思う。

「経営者になるためのノート」というタイトルは、まさにその通り。薄いが中身は非常に濃い。意識を高く持ちたいと思う人なら、読んでおきたい一冊である・・・




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2017年03月13日

【確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力】森岡毅/今西聖貴



序 章 ビジネスの神様はシンプルな顔をしている
第1章 市場構造の本質
第2章 戦略の本質とは何か?
第3章 戦略はどう作るのか?
第4章 数字に熱を込めろ!
第5章 市場調査の本質と役割-プレファランスを知る
第6章 需要予測の理論と実際-プレファランスの採算性
第7章 消費者データの危険性
第8章 マーケティングを機能させる組織
巻末解説1 確率理論の導入とプレファランスの数学的説明
巻末解説2 市場理解と予測に役立つ数学ツール
巻末解説3 2015年10月にUSJがTDLを超えた数学的論拠


 著者はUSJのCMO。これまでにUSJシリーズ(と勝手に呼んでいる『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?-V字回復をもたらしたヒットの法則』『USJを劇的に変えた、たった一つの考え方』)を読んでいる方。過去2冊にいずれも学ぶべき点が多く、また出版を予告されていたこともあって、迷わず手にした一冊。ここはまた違う切り口で書かれているようである。

 まずこの本における重要概念であるのが、「プレファランス」。聞きなれない言葉であるが、これは、「消費者のブランドに対する相対的な好感度のことで、主に『ブランドエクイティー』『価格』『製品パフォーマンス』の3つによって決定されている」ものらしい。そして市場構造を決定づけているDNAは、消費者のこのプレファランスだという。

 著者は、自らを「数学マーケター」と称している。仮説を数式で表現し、予測数値を導き、実際の数値と検証するというアプローチ利用である。消費者は同じ法則に基づいて消費行動を行っており、それゆえ「数学的アプローチ」が有効なのだという。ブランドもまた同じであり、市場競争とは一人一人の購入意思決定の奪い合いであり、その核心がプレファランスということらしい。

 この消費者のプレファランスこそが市場競争のDNAであり、どの企業も消費者視点を最重視してプレファランスの向上に経営資源を集中させなければならないとする。その経営資源の配分先は3つ。すなわち、「プレファランス」「認知」「配荷」である。ここでいう「認知」の本質はエボークト・セットと呼ばれる消費者の一種の選択肢に入っているか否かであり、実はメディア内認知率を高めるために、著者は『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?-V字回復をもたらしたヒットの法則』を書いたのだという。

 ここから、専門的な解説に入っていき、正直言って苦手な私には苦痛となる。USJを劇的に改善させたのも、様々なツールはあるのかもしれないが、それらを利用しなくとも「映画だけのテーマパーク」から「世界最高のエンターテイメントを集めたセレクトショップ」への転換は導き出せたのではないかと思うところである。また、日本の購買力から考えたら、本来テーマパークのチケットは1万円以上であるべしと考え、TDLが動かないならUSJから動くと値上げに向かった決断は、なかなかできるものではないと思う。

 著者の語る「数学的なアプローチ」は正直言って難解で理解できない。しかし、組織を巻き込んでいくという観点からすれば、「戦略はゴールから考える」「結局どうしたいのか」という点から、「3年以内に1,000万人の集客を達成したい」と目的に掲げ、「諸条件の組み合わせを想像力で描き出して需要予測などのビジネス結果を予測するモデルなどを使ってサイエンスで妥当性を検証していく」という方法は最適であったのだろう。

 巻末には諸々のツールの解説があるが、それは個人的にまったく理解できず、むしろそれ以外の著者の熱い言葉の方がより心に刺さった。
1. 登りたい壁があるならば、まず足場を作る技術が必要
2. 船全体を沈ませないためには「正しくて厳しい道」を選んで進まなくてはならない
3. 戦略を統率するリーダーの最も大切な仕事は戦術で槍を振り回すことではない
4. 「人に良い仕事をさせる」のが私の仕事
5. 人をどこかに連れて行きたい人は誰よりも「熱」を持っていなければならない
6. 合理的に準備して精神的に戦う
やっぱり数学よりも熱の方が個人の好みにはあう。

 とはいえ、組織を動かすにはこの本で書かれている市場調査などを踏まえた提案力・説得力が必要だろうと思う。苦手意識のない人なら、勉強してみる価値はある。専門的に深く入る前に、導入論的に読んでみる価値はあると思う。「ガンマポアソン・リーセンシー・モデル」という言葉に頭がクラクラする人でも、読んで学びが得られる一冊である・・・



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2017年03月09日

【キリンビール高知支店の奇跡−勝利の法則は現場で拾え!−】田村潤



第1章 高知の闘いで「勝ち方」を学んだ
第2章 舞台が大きくなっても勝つための基本は変わらない
第3章 まとめ:勝つための「心の置き場」

 著者は元キリンビール代表取締役副社長。この本は、高知支店での成功体験を基にした経験談である。キリンビールといえば、戦後長らくラガービールで国内市場で圧倒的な地位を占め、「ビールといえばキリン」と言われていたが、「スーパードライ」を提げたアサヒビールが大逆転をしたのが有名である。そんなビール戦争を敗者の側から見るという意味で興味を持った一冊である。

 著者は、それまで社内で一般的であった価格営業に反対で、「安売りしろ」という声に反発していたそうである。そんな姿勢が問題になったのか、全国でも苦戦地域の一つであり、負け続けている高知支店へ配属される。全国でも最下位ランクであり、四国本部のお荷物とまで言われた支店への配属であり、それは「左遷」であり社内でも「田村は終わった」と言われていたらしい。

 当時の高知支店は、営業マンは皆本社から四国地区本部を通して下りてきた指示を販売店に伝えに行っている状態で、取引先に行くたびにこちらの言うことが(本部の施策に合わせて)違っていたという。それでいて「現場は一生懸命やっている」という言い訳をしてばかりで、「悪いのはできもしない目標をどんどんおろしてくる本社」という様子であったという。

 そんな中、著者はどうして良いか分からず、まずは聞くことから始めたという。年間270回に及ぶ宴会に出席していたらしいが、それで糖尿病、高血圧、痛風になってしまう。しかしそんな聞き込みから、戦略を「料飲店の攻略」という一点に絞る。戦略を絞ると、当然次々に下りてくる本部の施策をどうするとなるが、著者はそれを無視させたという。社外に加え、社内の戦いもあったのである。

 営業課長と一緒に推進したのは、「結果のコミュニケーション」。結果のクロージングにこだわるというもので、「やったつもりが許されない」「見てないことは罪」「やっていないことは悪」で、営業マンを逃げられない環境にしたという。そこには4ヶ月の法則というものがあり、結果が出ずとも我慢して4ヶ月目に入ると体が慣れてくる。やがてそうした動きが団結を呼び、営業サポートの女性も土日に出勤するようになる。「仕事が楽しくてしょうがない」とまで言われるようになったらしい。

 やがて高知支店にチームワークが生まれる。一番のきっかけになったのは、「高知がいちばん」のキャッチコピーを使ったセールス。一人あたりのラガー大瓶の消費量が全国1位だったことを利用したものだが、これが高知人の琴線に触れ、販売量が伸びていったという。著者は、本社や四国本部に高知支店の事情を丁寧に説明して社内調整をして行く。3年前には30〜40店しか回っていなかった営業マンが、400店以上回るようになったというからすごいことである。

 そうして高知支店で目覚ましい実績を上げた著者は、四国地区本部長に昇進し、ここでは四国四県それぞれの実情に合わせた戦略を取らせる。会社の方針とその意味を理解した上で、顧客からの支持を最大にするためにどの施策に絞り込むかを決め、効率的なやり方を議論し、現場ならではの工夫をし実行するという手法でまた成果をあげる。

 さらに東海地区本部長に昇進した際は、理論優先の組織の弊害を見抜き、大胆にも「会議廃止」を宣言する。これによって、社員間に工夫が生まれ、何より水と油だった営業と企画との関係が良くなったという。そして東京本社の営業本部長に昇進し、2009年にはアサヒビールからシェアNo.1を奪い返す(その翌年から現在に至るまでアサヒがNo. 1)。

 著者が特に強調しているのが、主体性を持つということ。指示待ちスタイルの変革であり、何より自分の頭で考え行動して主体的に議論をさせるものである。結果を出すことにこだわり、基本を徹底する。現場を熟知し、正しい決定を下し、覚悟と責任感を持ったリーダーを強化する。なるほど、書いてあることは難しいことではなく、「凡事徹底」に尽きるのだとわかる。

 強い組織でリーダーシップを発揮するのも簡単ではないだろうが、著者のように弱小中の弱小組織で成果をあげるのには、やはり考えて考えて考えることが必要だと良くわかる。どんな組織であれ、環境の責任にする前にやることがあるだろうと思えてくる。
実に学ぶところの大きい一冊である・・・



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2017年03月07日

【赤めだか】立川談春



「これはやめとくか」と談志は云った。
新聞配達少年と修業のカタチ
談志の初稽古、師弟の思い
青天の霹靂、築地魚河岸修業
己の嫉妬と一門の元旦
弟子の意欲とハワイの夜
高田文夫と深夜の牛丼
生涯一度の寿限無と五万円の大勝負
揺らぐ談志と弟子の罪-立川流後輩達に告ぐ
誰も知らない小さんと談志-小さん、米朝、ふたりの人間国宝

著者は立川談志の弟子である落語家。俳優としても活躍していて、私も顔を見ればあの人かとわかる方である。そんな著者が、自らの半生を綴った自伝。

もともと著者は競艇に興味を持っていて、競艇の選手になろうと思っていたようである。ところが身長制限に引っかかってアウト。競艇選手は小さくないとダメらしい。時に世の中は大漫才ブーム。ところが著者は図書室で見つけた落語全集に興味を持つ。そして寄席に行き、出会った談志の追っかけを始める。そして弟子になるなら志ん朝か談志かと悩んでいた時、談志の「芝浜」を聞く。これに衝撃を受けて談志に弟子入りすることを決意する。

すぐに高校を辞めて談志に弟子入りする。この行動力は、正直言ってすごいと思う。この方は自分とほぼ同世代。あの頃、そんな思い切った行動はとてもではないが自分にはできなかった。弟子といっても談志は内弟子は取らず、住み込みで新聞配達をしながらの弟子生活のスタートである。実は談志は落語協会から飛び出していて、普通の落語家の弟子とはかなり不利な状況だったらしい。

落語協会は運命共同体。弟子たちは自由な時間はないものの、寄席に入っていれば飲み食いには困らないらしいが、その代わり序列が大事で変革は望まれない。一方立川流は仕事は少なく自由な時間はあるが、自分で腕を磨く必要があり徹底した実力主義の世界。なんとなく立川談志という人の性格が見えてくる。

著者には、兄弟弟子がいる。志の輔、関西、談々、談秋。弟子同士の交流、修業生活の日々。そこには普通の人は知りようもない立川流の修業の世界がある。理不尽な部分もかなりあるが、相手の進歩に合わせて教えるというのも談志の弟子育成の特徴だったらしい。それでも思い通りにいかず、辞めて行く人たちがいる。

修業の途中でクビの危機に陥る。それも風邪で師匠の稽古を断ったことが発端。理不尽にも落語とは関係のない築地魚河岸での修業に出され、戻ってからも食べるものを確保するのに苦戦する日々。そんな生活の中でも感動がある。そして二ツ目と呼ばれる、相撲で言えば幕内に昇進する。昇進試験はまるでそれ自体が落語のようである。さらに二ツ目の後は真打ちであるが、ここで著者は後輩に抜かれる。これは次の日から先輩後輩の関係が逆転するものらしく、なかなかシビアな世界である。そんな一般には知られざる世界の話が興味深い。

それなりに名を成した人の人生には学びが多いと思う。この方の人生にしてもしかり。理不尽さには理不尽さの理由と長所がある。今風に言えば、完全に「ブラック」な世界だが、それを否定するのは難しい。著者が成功し得たのも、こうした理不尽な修業があったからと言えるに違いない。

今度寄席に行ってみようか。そんな気持ちになった一冊である・・・



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2017年03月03日

【LIFE SHIFT−100年時代の人生戦略−】リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット



原題: The 100-Year Life: Living and Working in an Age of Longevity
序 章 100年ライフ 
第1章 長い生涯
第2章 過去の資金計画
第3章 雇用の未来
第4章 見えない「資産」
第5章 新しいシナリオ
第6章 新しいステージ
第7章 新しいお金の考え方
第8章 新しい時間の使い方
第9章 未来の人間関係
終 章 変革への課題

このところ未来予測的な本を続けて読んでいるが、これもその一つ。現代は100年以上生きられる時代であり、そんな100年ライフを過ごすつもりでいた方が良いという。事実、長寿世界一の我が国では、2014年に生まれた子供の平均寿命は109歳だとか。1964年生まれの自分も92〜96歳くらいだというが、やはり素直に喜ぶべきだろうか。

そんな時代、もはや過去のロールモデルは役に立たず、親の世代に有効だったキャリアの道筋や人生の選択が我々にも有効だとは限らず、当然ながら我々の子どもたちも違う決断をするという。長生きするのはいいが、医療や年金は大丈夫かなどと心配したくなるが、それは全体像を見失うことになるので、視野を広く持たねばならないとする。長寿化時代には新しい生き方が試みられるようになるのである。

事実、人々が70代後半や80代になっても活力と生産性を失わず、長く働き続けられれば年金問題や人口減少の弊害はだいぶ和らぐ。20世紀の人生は、「教育」「仕事」「引退」という3つのステージだけであったが、100年ライフではマルチステージになる。そこでは、生涯に2つもしくは3つのキャリアを持つようになる。これは今の自分もそうだから間違いないだろう。

そうしたマルチステージの人生では、「エイジ」と「ステージ」とが結びつかなくなる。「大学生」という情報だけでは年齢を推測できなくなる。「レクリエーション」から「リ・クリエーション」へと変わる。そこでは自分がどのような人間か、自分の人生をどのように組み立てたいか、自分のアイデンティティと価値観を人生にどのように反映させるかを一人一人考えなくてはならないとする。

そんな人生のあり方を著者は、ジャック、ジミー、ジェーンという三世代を例に挙げ、具体的な人生を例示し説明してくれる。自分はジミーの世代だが、そんな自分自身の現状と重ね合わせて考えてみる。我が子供達の世代であるジェーンについては、どんな変化があるのか著者にもわからない。「あらゆる事態に備えていないということは、まったく備えていないのと同じ」という言葉が紹介されるが、我が子たちも大変である。

100年ライフに備えるには、2種類の資産が必要だとする。「無形の資産」と「金銭的資産」である。「無形資産」は、さらに「生産性資産(スキルと知識)」「活力資産(肉体的精神的な健康と幸福)」「変身資産(人的ネットワーク)」とに分けられる。そうした資産を元に、「エクスプローラー」「インディペンデント・プロデューサー」「ポートフォリオ・ワーカー」のステージを生きることになる。

個人的にそれでも不安なのは、加齢による衰え。しかし、脳の機能が低下するペースは、1/3が遺伝的要因で残りは生活習慣、日々の行動、コミュニティの関わり方、人間関係の強さ、肉体的健康、食事などだという。心したいところである。その他、長く生きることによるお金の問題、時間の使い方、さらに子育てが中心だったこれまでと比べ、友達付き合いが生活の中心になる時期が新たに出現するかもしれないということ、考えるべきことは多い。

 「私は何者なのか」「私はどのように生きるべきか」それに応えられるのは自分だけという著者の言葉に深く頷く。自分の生き方について、人生について、今一度考えてみないといけない。もうとっくに折り返し地点を過ぎたと思っていた我が人生。どうやらまだ折り返し地点をウロウロしているのかもしれない。そんな今後の人生を真剣に考えさせてくれる一冊である・・・



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2017年03月02日

【書く力−私たちはこうして文章を磨いた−】池上彰/竹内政明



第1章 構成の秘密-「ブリッジ」の作り方
第2章 本当に伝わる「表現」とは
第3章 名文でリズムを学ぶ
第4章 悪文退治

 個人的にブログもいくつかやっているし、「書く」ということについては、そもそも興味を持っていたこともあり手にした一冊。テレビですっかりおなじみの池上彰と「読売新聞の一面を下から読ませる」と称されるコラムニストとの対談である。

 「書く」と言っても、ここでは読売新聞の「編集手帳」のようなコラムが念頭にあるようである。そういう文章を「書く」場合、最初に出てくるのが、「ブリッジ」の話。テーマとそして自分の書きたいものをつなぐブリッジをどう見つけるか。プロの例を見ればなるほどと思えるが、上手いものである。そして「まずは何を書くかはっきりさせる」という当たり前の説明から入る。一つのヒントが「身近な話」。半径2〜3メートルの世界の話は、その人自身の小さな経験であるが、だからこそ興味深いのだとか。

 書くべき内容がどうしても見つからない場合は、「何でもいいから書いてみる」のがいいとする。そうすることで自分の考えがまとまってくると言うが、これは私自身も経験している真実である。また、テーマが決まったあとは、「書き出し」だと言う。「うまく浮かばなければ別のテーマにしてしまう」くらい大事にしていると言うが、これはなかなか難しい。書くべき要素を「とにかくまず書き出してしまう」と言うやり方はいいかもしれない。今度ブログを書く時試してみようと思う。

 文章を書く上で、いろいろな「部品」が必要になる。それは探しにいくとするが、お二人のレベルになると常時ストックしているらしい。過去の編集手帳の例が取り上げられるが、ヴェルレーヌの詩やジョーク、エピソードなどの「部品」がふんだんに使われている。このあたりは普段の意識だ。また、例えば「すごく悪いことをした犯人の弁護士になったら自分はどうするか」と言った思考実験も効果的だと言う。

・わかっていることをわかっている言葉で書く
・とにかく「削る」練習をする
・言葉選び、言葉への関心は文章への関心につながる
なるほど、随所で出てくる言葉は、さすがに参考になる。

 中でも膝を打ったのが、「自分の文章を時間を置いてから読み直す」と言うこと。これは私もよくやっている。自分のブログを後から何度も読み直している。それは多少、と言うかかなりナルシスト的な意味合いなのだが、そうすると直したくなることがかなりある。「1週間くらいは寝かせてそれからプリントアウトして読み直す」「メールは一呼吸置いてから読み直す」としているが、その通りだと思う。名人が同じことを言ってくれると嬉しくなる。

 また、「名文を書き写す」ことも良いとされる。これも個人的にやっている。よく小池真理子の本を読んだ時に、ラストシーンなど自分で気に入ったところを書き写している。自分のやっていることは間違っていなかったと言う嬉しさがこみ上げる。もっとも実際のやり方としては文字通り「書き写す」のがよく、何度も書いてリズムを体に馴染ませるのだとか。このあたりの徹底は、自分ではしていなかった。

 さすがに文章の達人の言葉は、色々とタメになる。自分ももっとうまく書けるようになりたいと思うし、この本に書かれていることをぜひ参考にしたいと思う。まずは日頃の意識からが、この本から得られた教訓。大いに学びの得られる一冊である・・・
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2017年02月26日

【帝国ホテルの考え方 本物のサービスとは何か】犬丸徹郎



第1章 ホテルの理想は「窓の開くホテル」
第2章 生まれも育ちも田園調布
第3章 少年時代-アメリカでの夏休みとテニス
第4章 ローザンヌ・ホテル・スクール時代の日々
第5章 パリからフランスへ-フランス料理修業
第6章 軽井沢別荘ライフ
第7章 東京日比谷-ホテルとプロフェッショナリズム
第8章 人が集まる場所、それがホテル

著者は、元帝国ホテル副総支配人。祖父の代からのホテルマンの三代目だという。タイトルからして、何か「おもてなし」系の話なのだろうとイメージしていたが、中身は全然違っていた。主となるのは、ホテルマンとしての著者の自伝的なもので、そしてそこから導き出される考え方、それも「本当のホテルとは何か」といった事である。

著者の祖父と父は、それぞれ帝国ホテルの社長、総支配人(どう違うのかはよくわからない)であり、著者は子供の頃からフランク・ロイド・ライト設計の「ライト館」を遊び場にしていたという。そんな著者は田園調布に生まれ育つ。その昔、「田園調布に家が建つ」と漫才で言われたが、この方、「根っからのセレブ」である。当然、幼稚舎からの慶應ボーイ。その経歴は非の打ち所がなく、ちょっと事業で成功して金持ちになった程度の成金とはモノが違う。

著者の語る理想のホテルとは、「窓の開くホテル」だという。それは物理的な意味ではなく、「スタッフの心の窓も開いて、滞在するお客様を極めて自然な形で受け入れるホテル」なのだそうである。正直言って、イメージできない。レマン湖畔にあるホテル・ボーリバージュ・パレスがその見本のようなのであるが、そこでは館内に細かな表示はなく、わからなければ近くにいるスタッフに尋ねて必要があれば案内してもらうのだとか。玄関ドアも押して入るモノらしい。

帝国ホテルも施設的には五つ星ホテルに属するらしいが、欧米の一流ホテルとは異なり、幅広い客層を取り込むことに傾注したため、はっきりとホテルを星によってセグメントすることが難しいとする。その理由は、日本においてはヨーロッパの最高ホテルに見られるような最高級な客層がまだまだ限られているためで、ホテルが「ビジネスホテル化」しているのだそうである。つまりは、庶民が出入りするようでは真の一流とは言えないということらしい。

日本でヨーロッパにおける本当の「ホテルらしいホテル」を目指すのは帝国ホテルくらいで、あとはチェーン化された外資系ホテルになってしまっていると著者は語る。どこからそんなセリフが出てくるかと言えば、それはやはり著者のキャリアからである。田園調布に生まれ育ち、そこは自動販売機などなく、必要であれば駅前のスーパーなり商店が届けてくれる世界。

別荘は当然軽井沢で、あの白洲次郎に誘われて祖父がその隣を購入したのだとか。毎年夏に訪れるのは当然のこと、それ以外にも川奈ホテルでバーベキューをし、箱根の富士屋ホテルの室内プールで泳ぐ生活。小学生になると、単身アメリカのサマーキャンプに参加するようになる。このあたりは富裕層、名家の子女の生活ぶりが伺えて興味深い。

それでも著者はただのボンボンではなく、自ら単身アメリカのサマーキャンプに行くなどチャレンジ精神は凄い。慶應大学時代にスイスの名門ローザンヌ・ホテル・スクールに留学するが、フランス語が必須であったため、事前に語学留学し現地に溶け込んで働く話にはすなおに頭がさがる。日本に戻ってきて、横浜のニューグランドホテルを経て帝国ホテルに入社するが、帝国ホテルも大企業化する中で、世襲はできなかったのかそのキャリアは副総支配人で終わっている。

「考え方」と言っても、「企業としてのホテル」と「文化としてのホテル」の違いを説き、著者としては「文化としてのホテル」を強調したいのだが、企業としては採算も大事で、収益としてのホテルとなっていることに忸怩たる思いを抱いているようである。確かに、著者の説く「文化としてのホテル」を作るのは相当困難であると思うし、著者のような経験を持つ人がそれを継承するべきなのだろう。

代表的庶民の自分としては、縁もゆかりもない世界の話であり、だからと僻むわけではないが、こういう世界もあるんだと知るにはいい機会であった。日本には伝統的な職人も数が減っていると問題視されている。ある意味こういう真のセレブの人たちも「絶滅危惧種」なのかもしれない。是非とも「文化と伝統」を維持していっていただきたいと素直に思う。

自分とは違う世界を知るという意味で、いい一冊である・・・

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2017年02月23日

【参謀−落合監督を支えた右腕の「見守る力」−】森繁和



序 章 投手会の夜
第1章 なぜしぶといチームは完成したのか
第2章 教えるより考えさせるコーチ術
第3章 落合博満監督の凄さ
第4章 参謀の心得
終 章 選手への愛情は決してなくさない

 著者は、元中日ドラコンズのヘッドコーチ。落合監督の下で8年間苦楽を共にした方で、サブタイトルにある通り、「右腕」としての8年間から得たものを語った一冊である。
プロ野球をほとんど見なくなって久しく、したがって著者の現役時代(1979年〜1988年)はもちろんのこと、そのすぐ後のコーチ時代(西武→日本ハム→横浜)のことも中日に移ってからのこともほとんど知らない。まさに、「落合監督の下でこれを支えた」という一点に興味を持って本を手にした次第である。

 落合監督といえば、やはり2007年の日本シリーズの完全試合目前のピッチャー山井を変えた采配が印象深い。著者はまずそれを冒頭で語る。「非情な采配」と言われたが、実は交代を決めたのは著者だという。山井はマメを潰しており、本人から「岩瀬さんでお願いします」と言われたという。本人が「投げる」と言えば、著者はたとえ監督が反対しても投げさせたというが、本音は「交代」であったため、本人の申し出はありがたかったという。のちに落合監督も「山井に救われた」と語ったそうである。実に興味深い裏側である。

 著者は、横浜のコーチをしているシーズン終了間際に、落合監督から電話をもらい誘われたという。落合監督は、そうして誘った著者の契約期間を3年とし、報酬も球団と交渉して相場よりも高くしたという。そんな裏事情も興味深い。そして「ピッチャーのことはわからないから」と言い、著者にすべてを任せたという。著者はそんなやり方に、意気を感じたようである。だから、日本シリーズの采配に際しても、落合監督が批判にさらされたことを悔やんでいるのである。

 本の表紙に写る著者は、顔もそうだが、コーチとしては怖いのだと言う。しかし、落合監督からは、「絶対に手を上げるな」と言われたらしい。それは「選手が監督やコーチの顔色や機嫌を見て動くようになってはいけない」と言う考えらしい。落合監督自身、若い頃暴力的な指導に反発した経験があるからのようで、こう言う監督の側面は、『采配』には出てこなかったと思うが、別の角度から見た落合監督の姿として興味深い。

 そんな監督の下で、組織づくり体制づくりをした経験から、そのポイントは3つあるとしている。
1. すべてを任せられるトレーニングコーチ
2. 1軍と2軍の情報共有、コミュニケーションをよく取れるようにしておくこと
3. シーズン中も練習をしっかり欠かさないこと
1は意外や意外と言う気がする。選手は調子が悪くても、それを言わないことがあるらしいので、選手の管理という面で大事だということである。2はどんな組織でもやはりそうなのだと思う。3をわざわざ挙げるということは、出来ていないところが多いということだろう。

 著者は投手の起用を一任され、監督からそれを覆されたことはなかったという。こうした権限移譲は、今の自分の仕事でも参考になる。そしてやはりコーチとしての最大の責務は選手の指導育成だと思うが、自分は選手を「育てた」というより「潰さなかった」のだと語る。謙遜しているのかもしれないが、選手としっかりコミュニケーションを取り、「こうやれ」ではなく「こういうやり方もあるよ」と「教えるより考えさせるコーチング」を実行したという。サラリーマンでも、部下の育成にも言えることではないだろうか。

 落合監督が成功した要因は、すべて自分でやるのではなく任せることの重要性を理解していたことだという。そして判断基準は、「優勝のために是か非か」で組織づくりをしており、そのシンプルさが良かったとする。指導に際しては、「監督の言葉を借りるだけの指導は簡単だが責任逃れ」とし、「自分が任されているなら部下にもしっかり任せて責任を取る」としたらしい。こういうやり方は、サラリーマン社会でも効果があるのではと思う。

 プロ野球関係者の本は、読んでいても興味深く、そして得られるものも多い。野村監督の本などはその最たるものであるが、こういう自分が全く知らない人でも同様である。
『采配』とセットで読みたい一冊である・・・


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