2018年03月02日

【チェルノブイリの祈り 未来の物語】スベトラーナ・アレクシエービッチ 読書日記897



第1章 死者たちの大地
第2章 万物の霊長
第3章 悲しみを乗り越えて

 「チェルノブイリ」と言えば、1986年4月26日に発生した史上最悪と言われる原発事故の代名詞である。今でこそだいぶ実態はわかってきているが、当時は旧ソ連の鉄のカーテンの向こう側の出来事ということで良くわからなかった記憶が残っている。今でこそ、福島の事故を経験しただけにその恐ろしさも実感としてわかるが、そんな大事故の関係者の声を集めたドキュメンタリーが本書である。

 冒頭から、亡くなった消防士の妻の証言が出てくるが、この内容は実に衝撃的である。消防士の夫は、原発での火災発生を受けて消火活動に出かけていく。しかし、何も警告を受けておらず、通常の家事と同様、家を出る時はシャツ一枚という出で立ち。火災発生は午前1時過ぎ。そして7時に夫が病院にいると連絡を受けて、妻は病院へと向かう。しかし、その時点で消防士の夫は全身が腫れ上がり、むくんで目はほとんどなかったと言う。強烈な放射線をもろに浴びた結果である。

 致死量が400レントゲンであるところ、この消防士は1,600レントゲンを浴びたと言う。病院に運び込まれてもほんの慰め程度の治療しかできない。身体中がひどい状況になってついに息絶える。その間、体から発する放射線を警戒して、妻も近づくのを禁止されるが、妻はそれを振り切って看病する。そして亡くなった後は、亜鉛の棺に入れられハンダ付けをし、上にコンクリート板が載せられたという。

 当時は消火に当たった人もほとんどきちんとした説明を受けていなかったようで、それも恐ろしい。報告を受けた地方幹部が、自らの責任に及ぶことを恐れて中央にきちんと報告をしなかったというのも対応が遅れる原因だったようである。証言は、被災地から避難せざるを得なかった人たちや、避難指示を無視して住み続ける老婆の証言などにも及ぶ。このあたりは比較的冷静に読んでいられる。それにしても、住人が避難して空き家になった家が略奪に遭う話には気が滅入る気がする。

 兵士たちは、命令されれば行かねばならない。事故の処理にはロボットも使われたらしいが、(おそらく強力な放射線の影響で)日本製でも5分でストップしたらしい。故障しないロボットはロシア製(=人間)という自虐的な説明が恐ろしい。兵士たちは、車や報奨金をもらって喜んで危険な仕事に従事する。兵士の1人が、被っていた帽子を2歳の子供が喜ぶのであげたところ、のちにその子が脳腫瘍の診断を下される。絶句、である。

 避難して行った人たちも、避難先で差別に遭う。皆放射能を恐れたのだと思うが、避難して妹の家に行ったところ、中に入れてもらえず子供と2人で野宿したという話もある。自分の家にも子供がいればわからなくもないが、やりきれない。放射能の恐ろしいところは、匂いもなく目にも見えないところだろう。だから人々にも危機感がない。ガイガーカウンターのみがそれを知らせてくれる。そしてその針が振り切れたという話が随所に出てくる。

 原発はそうした人力の作業の結果、石棺で封印されて現在に至る。しかし、まだ恐ろしいのは、その石棺の中では衰えることなく放射能が発せられ続けていること。石棺が老朽化すれば、また同じ悪夢が蘇る。石棺には隙間があり、隙間と亀裂の総面積は200平方メートル以上だという。その隙間から放射性アエロゾルが吹き出ているらしい。そんな事実にただ愕然とするだけである。

 日本の福島はここまでひどくはないが、それが人類の進歩なのかどうかはわからない。ただ、読んでいろいろな人の生の声を聞いて考えてみるのもいいことだと思う。それは決して過去の話ではなく、まだ未解決の現在の問題でもあるからである。
 やっぱり原発は何があっても廃止すべきだと、改めて思わされる一冊である・・・



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2018年02月27日

【世界の最新医学が証明した究極の疲れないカラダ】仲野広倫 読書日記896



第1章 世界の最新医療が解き明かす疲労の世界
第2章 日常の動作だけでカラダは疲れてしまう
第3章 疲れないカラダを手に入れるたった1つの方法
第4章 正しいカラダの使い方&機能運動性回復エクササイズ
第5章 ちょっとヘンな日本人の健康常識

 50を過ぎればやはり健康というものを意識するようになる。カラダもだんだんと衰えてくる。早めに対策を考えておかないとという意識は常に持っている。そんな自分の目に飛び込んできた一冊。著者は米国政府公認のカイロプラクティックドクターなのだという。元々は日本で代々整體をやってきた一家の四代目だという。米国に渡って資格を取り、カイロプラクティック認定スポーツ医として、オリンピック選手を見たりしているようである。

 ところで、この本を読むまで全く知らなかったのであるが、カイロプラクティックというのは、アメリカでは立派な医療資格らしい。きちんと大学もあって、そこで学ぶ内容は、医者になるのと遜色がないという。むしろ解剖学のような筋肉骨格系については、医学部よりもはるかに学ぶらしい。オリンピックでは医師団のトップがスポーツカイロプラクターであり、医師やトレーナー、マッサージ師がつくらしい。これによって医療コストが下げられるようである。

 冒頭は、ストレッチに対する誤解の解説。そもそもストレッチは、筋肉を伸ばすだけで疲労は回復しないし、ましてや痛みを和らげる事もないそうである。「体力が落ちた」、「なんとなくカラダがだるい」、「少し長い距離を歩くと腰や膝が痛くなる」等これらはすべて「機能運動性」の低下なのだという。この機能運動性を高める運動を日常のちょっとした合間に行うだけで、究極の疲れないカラダが手に入るとする。

 著者が力を入れて解説する「機能運動性」とは、「柔軟性(関節の可動域」」「安定性(筋肉の強さ)」「バランス(動きの協調性)」の総合得点であるとする。これらが崩れると、カイロプラクターは「軟部組織のリリースをする」「カラダの正しい使い方をする」「足腰の強さとバランス感覚をつける」という治療を施すらしい。「不調の原因が運動機能性の低下が原因なら自分のカラダが衰えたことで起こっている不調なので、病院ではなく自分で治すしかない」とするところは、いたく共感してしまう。

 そんなカイロプラクティク・ドクターとしての理論的説明から、実際のトレーニングが一部紹介される。それはどれでも簡単なもので、このところ「腰が痛い」と漏らしている80になる実家の母親にも教えたくらいである。特にこの本では腰痛対策の説明が充実している。それは正しいカラダの使い方をするだけで壊れている部位に負担がかからずに痛みを感じなくさせるというもので、これには医者嫌いの私も共感できるところである。

1. 柔軟性を出すためには関節の動きがものすごく重要
2. なんとなくの運動が一番無駄の多いトレーニング
3. 筋肉にキャパシティがあれば関節の可動域も正常で柔軟性は保たれる
などの説明がカイロプラクティックに対する興味をそそる。そして、「5年後の健康まで視野に入れる臨床が真の医療」という言葉に深く共感する。

 薬も赤外線も使わず、まずは診断に重きを置くというカイロプラクティック。今度ぜひカイロプラクティクなるものを試してみたいと強く思わせてくれる一冊である・・・



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2018年02月23日

【『純粋理性批判』を嚙み砕く】中島義道 読書日記895



序 章 難しくて易しいカント 
第1章 アンチノミーとは何か?
第2章 宇宙論的理念
第3章 無条件者への無限背進
第4章 矛盾対当と反対対当
第5章 哲学の競技場
第6章 世界は時間的始まりを持つか?
第7章 世界は空間的に無限か?
第8章 空虚な空間・空虚な時間
第9章 世界は無限分割できるか?
第10章 世界は単純な部分から成っているか?
第11章 単子論の弁証的原理
第12章 自由は認められるか?
第13章 現象の系列における絶対的な始まり
第14章 絶対に必然的な存在者はあるか?
第15章 必然性と偶然性
終 章 易しくて難しいカント

 ここのところ少し哲学を勉強したいという気持ちが湧いてきていて、しかしいきなり哲学者の著作を読んでも理解できないことから、入門書から始めることにしたのだが、この本は『カント「純粋理性批判」入門』に次いで二冊目のカント入門編ということになる。と言っても、『カント「純粋理性批判」入門』が「入門」と言いながら実に難解でよく理解できなかったことからかなり不安を持って手にしたのが事実である。

 著者は元大学教授であり、ウィーンへの留学経験もある研究者だということである。かなりドイツ語も堪能であるという事は、端々からわかる。その著者が、「カントとはわからなさの代名詞」だと言う。現代ドイツ人にとっても「純粋理性批判」は読めたシロモノではなく、カントの同時代の哲学者たちにとっても「頭を抱えるほど難解」だったのだと言う。と言うことは、言葉も違う現代日本人が読んでも理解できるわけがない。最初からそう言ってくれるのはありがたい。正直、ここで読むのをやめようと思ったほどである。

 しかし、そんな著者が「噛み砕く」と言っているのだから、それを読んでみたいという誘惑から読み進めた次第。ただし、噛み砕くのはカントの思想すべてではなく、タイトルにある通り「純粋理性批判」。それも全部ではなく、全体の1/6を占める「純粋理性のアンチノミー」という部分だけである。と言っても厚い本であることを考えると、残りを噛み砕くと一体何冊の本になるのやらと思ってしまう。

 カントの難しさは、解説することすら難しいようで、それはとどのつまり「理性(vermunft)」という用語のわからなさに行き着くとする。とりわけ「理性の自然本性」という概念をカントはいかなる厳密な定義なく規定もなしに使っていると言う。専門に研究していなければこんなことわかりようがない。そして「カントの難しさとは、『理性の自然本性』を理解する難しさに他ならない」とまで言い切る。素人にはやっぱり無理そうである。

 しかし、「噛み砕く」としているのはやはりその通りで、例えば『カント「純粋理性批判」入門』ではよくわからなかった「カテゴリー」については、「悟性の中には純粋な思考の形式が潜んでいてそれらを一覧にしたもの」と説明してくれていてわかりやすい。そしてそれは12個に分かれていて、内容としては「量」「質」「関係」「様相」のそれぞれが3通りに区別されているもの(3×4)だとする。こういう風に解説されると、『カント「純粋理性批判」入門』ももう少し理解できたかもしれないと思う。

 そしていよいよ中心となる「アンチノミー」を噛み砕くことになるのだが、それにはまずカントも学んでいた古典論理学の知識がないとダメなようである。カントはこれを下敷きにして、独特のかなり癖のある「技法」を使っており、これを知らなければ読み解けないとする。事実、著者が解説に別の方の翻訳を利用しているが、文中でしばしばその誤訳を直していく。つまりドイツ語がわかるだけでもダメなのである。

 アンチノミーは4つあり、それぞれ
第一のアンチノミー:世界は時間的始まりを有するか/世界は空間的に無限か
第二のアンチノミー:世界は無限分割できるか
第三のアンチノミー:自由は認められるか
第四のアンチノミー:絶対的に必然的な存在者はあるか
となっている。それぞれテーゼとアンチテーゼがあって、その内容が説明される。テーゼとアンチテーゼと言われると、何か対立的なものを考えるが、その関係は「矛盾ではないが一見そう見えてしまうような対立」だとされる。ここから確かに噛み砕いてはくれているが、それでもど素人には飲み下すのが難しい。

 カントは易しくて難しいと著者は語る。「難しい」のはわざわざ言われなくてもわかる。だが、「易しい」のは理解が難しい。それが証拠に著者自ら(カントを理解するのに)手軽な方法はなく、膨大な時間(最低10年!)かかるとしている。正直言って「そこまでして」という感じがする。もっとわかりやすい解説書はないかと探すより、哲学に対する興味がまだまだ残っている間に、違う思想に触れてみる方がいいと思う。

 そんなことを教えてくれた一冊である・・・





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2018年02月22日

【日本の論点 −Global Perspective and Strategic Thinking−2018〜19】大前 研一 読書日記894



sideA 日本の主役交代
01 デジタル化による「破壊」は産業の突然死さえ引き起こす
02 パンク寸前の宅配便現場を救うラストワンマイルの「配達一元化プラン」
03 「爆買い」バブル崩壊、百貨店業界は旅行店もどきの「苦肉の策」も
04 小泉進次郎氏に贈る我が農協改革プラン、それは「地域農協の株式会社化」
05 迷走50年、幕藩体制を引きずる日本の空港「非効率の極み」
06 再生可能エネルギー固定価格買い取り制度は破綻している
07 東芝を沈めた原発事業「大誤算」、だれの責任か?
08 どん底の三菱自動車「再建の顔」としてゴーン氏は欠かせない
09 殺人的な暑さの日本の真夏、アスリートファーストが聞いて呆れる東京五輪
10 安倍vsプーチン、北方領土をめぐる密室会談の中身を語ろう
sideB 世界の主役交代
11 「現金お断り」のショップも出現、世界で加速する「キャッシュレス革命」
12 20年後に主役が変わる自動車産業のガラガラポン革命
13 トルコは難民流入の防波堤、その「崩壊」という悪夢におびえる欧州
14 「泥沼」の中東情勢、テロと国家の戦いはまだ続く
15 南シナ海仲裁裁判、敗訴した中国が引き下がらない理由
16 中国とロシアが「北朝鮮」を本気で制裁しない理由
17 ロシア疑惑に揺れるトランプ政権「崩壊の足音」
18 公約はほぼ手つかず、トランプ政権発足後100日の通信簿
19 トランプ大統領よ、アメリカの一人勝ち現象は30年来、進行中だ
20 勝算は絶望的、「裏切り者」となったイギリスのEU離脱交渉
樫本大進vs大前研一

 大前研一の毎年恒例のシリーズとも言える『日本の論点』の2018年版である。過去に『日本の論点』『日本の論点2015-2016』『日本の論点2017〜2018』と読んできたが、自分では知り得ない話を知り、そしていろいろと考えてみることができるという意味では、非常にいい刺激になっているシリーズである。

 冒頭はいきなりの安倍政権批判。「長期政権は必ず腐敗・堕落する」と手厳しい。「お友達か思想信条が同じ人かイエスマンで固めた」とするが、それが必ずしも悪いことではないと思うし、結果次第ではなかろうかと思う。特にその悪影響の表れを「森友加計学園」問題としているが、これはむしろ濡れ衣的な問題であることが明らかになりつつあり、氏はよく実態をご存知ないのではないかと疑ってしまう。まぁ、執筆時点ではわからなかったという言い訳はあるのかもしれない。

 それはともかくとして、今も与野党の政治家数人に声をかけて勉強会をしているというから、やはりすごい方である。その上で、とにかく政治家は勉強不足とする。そして「この国をこうしたい」という情熱とエネルギーを持った政治家が本当に少なくなったと嘆く。その通りであるなら、個人的にも嘆かわしい。

 そしてやはり現状の経済の問題点に対する指摘は興味深い。
1. 歴史と名声がある会社を買収するだけで成功する時代ではない(東芝)
2. パンク寸前の宅配現場を救うのはラストワンマイルの「配達一元化プラン」
3. 農業改革につながるのはJA全農の株式会社化ではなく地域農協の株式化
4. 上越新幹線の終点を新潟空港にし、ロシアとの玄関口にする
5. 再生可能エネルギー買い取り制度は破綻していて、競争原理に戻すしかない

 どれも面白そうではあるが、私の理解力がないのかよくわからないものも多い。例えば「5」のように競争原理に戻すとなぜうまくいくのか、が個人的にはよくわからなかった。
 また、それに関して興味深かったのが、従来原発賛成派であったはずの氏がいつの間にか「現状のままの再稼働には反対」に回ったことであった。福島の事故原因、再発防止策、再稼働に必要なことの説明不足と言うが、そんなの素人でも問題があると、氏が原発賛成を訴えていた時から思っていたよと呟きたくなる。

 それはそれとして、「原発については、ディスコミッション、廃炉、使用済み核燃料の最終処分と言うニーズは残されている」と氏は語る。原発反対に回った上に素人にもわかりやすい課題を提示してくれているのは助かると個人的には思う。また、せっかくの東京五輪なのに、アメリカでは秋口にスポーツイベントが目白押しであるため、灼熱の8月開催となったことを氏は批判する。「アスリートファースト」ではないと。そう言う問題もあるのかと改めて知る次第。

 クレジットカードより手数料の安いモバイル決済の普及、電気自動車で車の値段が一気に下がるなどの近未来図は、考える題材を与えてくれる。やはり以前から感じていたことだが、氏は経済分野においては大いに耳を傾けるべき意見を持っている人だと思う。その代わり政治面の意見には、いかがかと思わされるものが多い。その点は、受け取り手の方でうまく取捨選択していくべきところであろう。最後の対談は疑問で、多分紙数を埋めるためのものだろうが蛇足であったと言わざるを得ない。

 取捨選択を意識した上で、これからも読んでいきたいシリーズの一冊である・・・




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2018年02月16日

【革命のファンファーレ −現代のお金と広告−】西野 亮廣 読書日記893



 著者は、以前『魔法のコンパス』を読んだことのある芸人さん。この方、タダ者ではなくて、とにかく発想が面白くて、その後4年半かけて作ったという絵本『えんとつ町のプペル』も買ってしまったくらいウォッチしていたい人。そのな方の最新刊ということで、迷わず手にした一冊。

 やっぱり冒頭から面白い発想を語ってくれる。若者が「やりたいことがない」というのは健全な考え方だという。それを嘆くのは、「職業が永遠に続くという発想」に慣れてしまった人だという。やりたいことを掛け持ったり迷ったりすることは、これからの時代を生き抜く術だとまで言う。確かに、その通りかもしれない。「常識のアップデートを止めてはならない」とは、大事な考え方だと思う。

 知らなかったのだが、著者は少し前にある番組の収録中に、ディレクターの態度が気に入らなくて帰ってしまったそうである。それをあるコメンテーターが批判したのを受け、「収録中に帰る」という選択肢があるからこそできると反論する。テレビから干されると困るゆえに(収録中に帰ることなどできないくせに)「私なら残ります」なんて言ってんじゃないと手厳しい。ちょっと毒舌だが、まさにその通りだろう。

 『えんとつ町のプペル』は、5,000部売れるとヒットと言われる絵本業界で、32万部売れているという。その売り方がすごい。
 1. アマゾンは先行予約受付は3ヶ月前しかできないので、自分で1万部購入して専用サイトを作って予約の受付をした
 2. インターネットで無料公開した
 3. 著作権をフリーにした
 4. 体験+お土産で販売した
 5. 絵本の中の絵をインスタ映えする正方形にした
その発想はとにかく既存のやり方に馴染んだ人には真似できないものだろう。

 さらにあっと驚く発想は続く。キズ本(読んで印をつけた本)は、普通無価値である。だが、「孫正義が読んだキズ本は本当に無価値なのか」と問うて「しるし書店」なるものを立ち上げる。確かに、孫さんが読んでマーカーした本なら倍の値段でも買う人はいるだろう。とにかくその発想とビジネスセンスには驚かされる。

「一歩踏み出すのに必要なのは、勇気ではなく情報」という言葉にも唸らされる。
「好きなようにやらせてもらえないことを立場のせいにしていないか」という言葉に、どきりとさせられるサラリーマンは多いだろう。
「売れない原因を環境や時代のせいにしていないか」
「自分の不満を誰かが解消してくれることを待っていないか」
そう問いかけた上で、「成功者は必ず決定権を持っている。決定権は覚悟」と説く。この言葉に「そうは言っても・・・」なんて言い訳していてはいけない。
「他人に決定権を委ねると出遅れる」
「常識に屈するな、屈しないだけの裏付けを持て、それは行動力、情報力」
最後に一気に畳み掛ける迫力に胸が熱くなる。

 自分は、何となく少しだけだが出来ている気がする。それをもっと力強くやっていきたい。帰りの電車の中で、スマホゲームなんてやっている場合ではない。この本を読んで明日を目指せと若者に言いたくなる。
若者だけではなく、自分もいっそうかくありたいと思わされる一冊である・・・




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2018年02月15日

【凶獣】石原慎太郎 読書日記892



第1章 事件
第2章 公判
第3章 奇行
第4章 結婚
第5章 発端
第6章 長谷川臨床心理士取材インタビュー
第7章 心奥
第8章 戸谷弁護士取材インタビュー
第9章 不条理

 この本は、かつて世間を震撼させた附属池田小学校事件の犯人である宅間守について、扱った一冊。ただでさえ興味深いのに加え、著者が石原慎太郎ということで余計に興味を持ったところである。石原慎太郎の著書と言えば、かつて旋風を巻き起こしたのは世代的に記憶にないが、近年の『天才』は、なかなか面白かったので、同じように実在の人物を扱ったものだし、大いに期待していたところである。

 はじめに、まず事件の概要が語られる。無垢な小学生を次々に刺し殺すなんてやはり尋常ではない。ここで、著者は事件をフィクションを交えて綴る。なぜフィクションを交えたのか、後の章でわざわざフィクションと断るならそのまま事実を書いて欲しかったと思うが、大作家の意図するところは素人にはわからない。

 前半は、宅間守本人の人物像を追っていく。事件に至る前も、レイプを繰り返していたようで(被害者は世間体を恐れてかほとんど泣き寝入りだったようである)、やっぱり普通ではない。公判でも反省の姿勢などカケラさえ見せず、ふてぶてしい態度を貫き通す。弁護士は、刑事専門の人は皆尻込みし、民事専門の弁護士が国選弁護人としてついたという。その方のインタビューも後半に出て来る。

 驚くのは、そんな宅間と獄中結婚した女性がいたということ。なんでも死刑反対論者だそうで、おそらく結婚すれば家族として面会ができるからだろうが、こんな極悪人に対する死刑にも反対するという崇高な理念の持ち主であるらしく、誠に恐れ入る。ある意味、宅間守と同じ思考回路ではないかと思ってしまう。その違いは人の命を虫けらのように思うか、虫けらのような男の命を大事に思うかだけのものでしかない。

 宅間守は、そもそも幼少から一種異常な行動をとっていて、五歳の時には三輪車で国道の真ん中を走り、大渋滞を引き起こしたという。結婚回数は4度にわたり、おそらく結婚した女性は皆宅間の異常性に気づいて離れていったのであろう。暴力沙汰も頻繁で、レイプも何度もやっている。まともに口説けなかったのか、無理やりやるのが趣味だったのんかはわからないが、まさに鬼畜、「凶獣」である。

 公判は、獄中の宅間と頻繁に接していた臨床心理士と弁護士とのインタビューが出て来る。前半は物語形式だが、それでずっと流れるのではなく、後半はトーンが変わって対談形式になる。なんだかテンポが変わってしっくりとこない。大作家先生の考えるところなどわかるはずもない素人だが、その素人にはどうもしっくりこない。とりあえず、これまで知らなかった部分を知ることができて興味深かったということに尽きる。

 事実関係を知ることができるという意味では有意義だと思うが、『天才』のような小説形式だったらもっと面白かったと思う。素人感想では、実に残念な一冊である・・・




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2018年02月14日

【バカ売れ法則大全】行列研究所 読書日記891



第1章 最新バカ売れ事情から「いまどきの売れる法則」が見えてくる!
第2章 お客限定のヒット商品は「未来のバカ売れ」のヒントになる!
第3章 今も昔も変わらず売れる「ロングセラー」の秘密を解明せよ!
第4章 商品の勝ち組と負け組「勝敗を分けるポイント」はどこにあるのか?
第5章 準備万端で販売開始「次に来るバカ売れ」はここが違う!

 著者名を見ると「行列研究所」とある。これは「ITmediaビジネスオンライン」というビジネス誌の中にあって、読者の「なぜこれが売れているのか」という疑問に答えているところだそうである。そんな研究所が、調査結果の集大成としてまとめたのが本書ということらしい。というわけで中を見て行くと、今売れている商品やサービスが5章に分かれて紹介されている。

 最初に採り上げられているのが、今まさに売れているもの。「うんこ漢字ドリル」はよく目にし耳にしているし、タバコの「アイコス」もそう。「赤い自転車」は最近街中でよく見かけるようになった。逆にクルーズトレイン「四季島」、「瑞風」や「プライドポテト」は聞いたこともない。「ニンテンドースイッチ」や「AbemaTV」はよく目にするがどんなものかはわからない。そんな売れ筋を改めて確認できるのは、こういう本のいいところかもしれない。

 第2章では、採り上げられているヒット商品はほとんど知らないものばかり。「バーミキュラライスポット」や缶酎ハイ「もぎたて」、「テクシーリュクス」、「ローソンの焼鳥」、「トゥルースリーパー」。どれもこれも、知らなかったので興味深い。手軽に買って試してみれるのは、ちょっと意識していたいと思う。「バルミューダ」のトースターは、知っていて興味を持っていたもので、改めて次の買い替え時には狙いたいと思ってしまった。

 第3章は、ロングセラー商品なので知っているものばかり。改めてそれぞれのロングセラーの分析を読めば、ふむふむなるほどという感じである。ただ、「崎陽軒のシウマイ」がなぜロングセラーなのかはよくわからない。なんども食べたことがあるだけに余計そう思うというものもある。第4章は、勝ち組と負け組の「勝敗を分けるポイント」を分析しているが、内容的には疑問に思うところが多い。なんとなく薄っぺらい分析に思えてしまう。

 第5章は、「次に来るバカ売れ」と称しているが、これはなんとも言えない。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。ただ、個人的に「ピンホールコンタクトレンズ」というものに興味を持った。なんとなく夢のコンタクトレンズに思えてしまう。個人的にこれはかなり需要が高いのではないかと思う。近眼や老眼を違和感なくカバーしてしまうというのは魅力的だ。

 数多くの商品やサービスが並んでいて、「こんなものがあるんだ」という紹介的な意味合いでは面白いと思う。ただ、各商品とも数ページの取り扱いなので深い分析はなされていない。興味があれば個別に調べてみないと、浅い分析ではタカが知れている。まぁ、言ってみればウィンドーショッピング的な意味合いの本と言えるだろう。そういう目的意識で読むべき本である。

 それにしても、常日頃いかに問題意識を持っていないかと実感させられる。この本に載せるものを探すような意識でいると、いろいろと仕事に活かせるヒントが得られるかもしれないと思う。さらりと読めてしまうので、世の中の動きの一部を見る意味でも、一読してみたい一冊である・・・



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2018年02月13日

【母さん、ごめん。−50代独身男の介護奮闘記−】松浦 晋也 読書日記890



第1章 「事実を認めない」から始まった私の介護敗戦記
第2章 母は「認知症?私はなんともない!」と徹底抗戦
第3章 その名は「通販」。認知介護の予想外の敵
第4章 家事を奪われた母が、私に牙を剥く
第5章 介護のストレスで自分が壊れ始めた
第6章 「兄貴、ぜんぶ自分で抱え込んじゃダメだ!」
第7章 「イヤ、行かない」母即答、施設通所初日の闘い
第8章 家族が「ん?ひょっとして認知症?」と思ったら
第9章 父の死で知った「代替療法に意味なし」
第10章 あなたは、自分の母親の下着を知っているか?
第11章 その姿、パンツを山と抱えたシシュポスのごとし
第12章 どこまで家で介護をするか、決心が固まる
第13章 予測的中も悲し、母との満州餃子作り
第14章 体制が整ったと思うや、病状が進行
第15章 介護のための家の改装、どこまでやるべき?
第16章 病状進行でやたらと怒る母をどうしよう
第17章 介護体制また崩壊、預金残高の減少が止まらない
第18章 果てなき介護に疲れ、ついに母に手を上げた日
第19章 母、我が家を去る
第20章 「予防医学のパラドックス」が教える認知症対策
第21章 介護を支えてくれた鉄馬とシネコンの暗闇
第22章 昭和30年代に母が見た日本の会社

 老齢の両親を持つ自分にとって、「介護」という問題は他人事ではない。それは「いつかやってくる明日」である。今は「来ないでほしい」と思っているだけであるが、そんな希望だけではその時困るだけ。来たるべき時に備えておきたいと常日頃思っているが、そんな時にこういうタイトルの本を目にすれば読まないで過ごすことはできないというもの。かくして手にした一冊。

 著者はもともとライターであるというが、そんな著者がライターらしく、自分が経験した介護の経緯を綴ったのがこの本。著者は、私と同じ50代。しかも独身。弟と妹がいるものの、老いた母親と同居しているという家庭環境。結婚していても妻に両親の介護など頼めるはずもない私としては、まさに「似た境遇」と思えてしまう。

 著者の母親は、もともと活発な方だったということで、英語の能力もあって私塾を営み、国内外への旅行を楽しみ、合唱サークルだ太極拳の練習だ、フランス語やスペイン語や中国語の勉強だと忙しく活動していたという。そんな方でも認知症になってしまうという現実。我が両親とて例外にはなり得ないと自覚する。

 最初の兆候が、それまででは考えられなかったような手抜きご飯を好むようになり、同時に食べこぼしが目立つようになったことだという。やがて味付けもおかしくなり、砂糖と塩を間違え、鍋ややかんの空焚きが目立つようになる。著者はそれを年齢なりの「うっかり」だと思っていたというか、思いたかったと告白する。そして今までなんともなかった墓参り時の緩い傾斜に息を切らすようになり、著者はおかしいと感じたという。

 そこからがまさに「奮闘記」。母親本人は当然おかしいという認識などないわけで、「なんで検査なんて受けなくてはいけないのか」と抵抗する。「事実を受け入れることができず、対策に反抗し、抵抗する」という母親の態度は、その後ずっと著者を苦しめる。「介護に関する苦しみの半分は介護される母本人による拒否と抵抗」という部分は、ずしりと重く響いてくる。

 気がつけば大量の通販商品が届いており、これを1つ1つ解約していったという。これは自分の親のでもありうるので覚えておきたい。介護をしながら仕事もしてといううちに、著者も体調を崩してしまう。「介護とは本質として家族と公的制度が連携しないと完遂できない事業」という言葉は、よく覚えておきたい。

 この本は、著者が文中で「介護敗戦記」と称している通り、母親の介護は何も知らなかった著者にとって反省の記であり、打つ手打つ手が後手後手に回っていった記録でもある。それはそのまま読む人に対する警告でもあり、素直にこういう経緯を記してくれるのはありがたいと思う。「悩む前にまず地域包括支援センター」へ行くべしというアドバイスは肝に命じておきたい。

 地域包括支援センターには公的介護に関する様々な情報が集まっているという。ケアマネージャーやヘルパーさんとの付き合い、介護ベッドなどの設備。サプリメントなど、「認知症に効く」からといただくものがいかに迷惑か、そしてそれがいかに効果がないか。著者の1つ1つの体験は、実にいい勉強になる。そしてやっぱり介護は家族だけでは無理だということが実感できる。

 親には長生きしてほしいと思うが、著者の母親のような状態になってしまったらとてもそうは思えなくなるかもしれない。そういう悲しい現実も、ある介護家庭の事実を知ることで実感として伝わってくる。来ては欲しくない未来に、心積もりだけでもする意味で、こういう本を読んでおく意義は高い。両親が健在な人であれば、健在なうちに読んでおきたい一冊である・・・



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2018年02月07日

【なぜか、人とお金がついてくる50の習慣】たかの友梨 読書日記889



第1章 優秀であるより面白くあれ〜人間関係がうまくいく10の習慣〜
第2章 「オール・イン」せよ〜お金に悩まない9の習慣〜
第3章 会社にしがみつかない働き方〜仕事で稼ぐ13の習慣〜
第4章 一生初体験≠オ続ける〜思考で現状を変える9の習慣〜
第5章 苦しい時をどう生きるかで人生は変わる〜挫折で人生を飛躍させる9の習慣〜

 著者は、たかの友梨ビューティークリニックで有名なたかの友梨氏。かねてから苦労された方と聞いていたので、著書に興味を持っていた次第。内容としては、自らの半生を綴りつつ、そこで得た考え方を紹介する内容。まさに読みたいと思うものである。

 著者はその出処をサラリと触れる。私生児として生まれ、すぐに養子に出されるも、出された家が崩壊し親戚中をタライ回しだったという。中学を卒業し、定時制の高校に通いながら理容師を目指す。心の安らぎとお金がいつも欠乏していたと言う。そこだけでもいろいろあったと思うのだが、サラリと流す理由は、「自分の恵まれない部分を嘆いているとそれが増幅していくだけ。成功するにはそんな感情はどんどん捨てていくだけ」と言う考えがある。見事である。

 ビジネスで成功するために絶対欠かせない要素を1つだけ挙げろと言われたら、それは「感謝」だと語る。「どんな仕事でも1人だけではなし得ない。あらゆる成功の根底には周囲の人々の尽力がある。」と力強く語るが、普段自分もそう思っているだけにこういう経営者が同じことを言っていると心強く思う。

 タイトルに50の習慣とある通り、著者がいいと思う事柄(習慣)が書き連ねられる。
 ・相手を喜ばせようとゴマをすることは、一種のビジネスマナー
 ・ビジネスで成功したいなら、まずは好かれる人になること
 ・わかりやすい説明ができると言うことは、仕事ができる人の証明
 ・お金が足りなければ働けばいい。稼いだ以上のお金は使わなければいい。
  そうすれば貧乏にはならない。
 ・お金は貯めるものではなく使うもの。潔く使ってこそ最大限の効果を発揮する。
 ・金が出てくるかどうかは、掘ってみなければわからない。
 ・いいと思ったことはすぐにやって走りながら考える
 ・10年先と今日の夕食を一緒に考える
 ・あなたの顔は周囲の人のためにある
 ・中途半端が勝つことはない
思わず唸ってしまう言葉の数々である。

 メモを取っているとキリがないくらいどれもこれも示唆に富んでいる。さすが、だと思う。特に「人より多くの時間を働いたから成功した」と言う言葉にシンプルに感動する。世の中こうでなくてはいけない。この人の生き方・考え方を見せられると、言い訳できる人はいないと思う。今日からでも人より働けばいいのである(もっとも最近は「働き方改革」でままならないかもしれないが・・・)。

 やはり苦労している人の言葉には重みがある。経験に裏打ちされた力強さである。すぐにできることから真似してみたいと思う。そして何より努力を惜しまないことだろう。著者のようにとは言わないけれど、いくつかは心したいと思う一冊である・・・




posted by HH at 00:00| Comment(0) | ビジネス/経営者の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【海の見える理髪店】荻原浩 読書日記888



海の見える理髪店
いつかきた道
遠くから来た手紙
空は今日もスカイ
時のない時計
成人式

 以前、『あの日にドライブ』という小説を読んで馴染みのある作家の今度は短編作品集。短編は『短編工場』でも一話だけ読んでいる。短編というのは、短い中でそれなりのストーリーを紡ぎ出さなければならないので難しい気もするが、ここにある短編はどれもちょっと心に引っかかるものである。

 「海の見える理髪店」はその名の通り、海の見えるところに立つ一軒の理髪店が舞台。1人の男がやって来て髪を切ってもらう。店主が男の髪を切りながら問わず語りに自分の人生を振り返って語っていく。昔ながらのやり方で髪を切りながら、店主の語っていく内容に引き込まれていく。そしてその話が、最後に目の前の現実と結びつく。

 「いつか来た道」は、長年母とソリが合わなくて家に寄り付かなかった娘が実家に帰ってくる話。弟から「今あわないと後悔する」と言われて渋々の里帰り。ところが家で待っていた老いた母親は、どこか様子が違う。脳裏を過るのは、かつての母親の言動。それを知ると娘にも同情したくなる。だが、目の前の老いた母はもうかつての母親ではなくなっている・・・

 「遠くから来た手紙」は、夫婦喧嘩をして子供を連れて実家に帰宅した妻の話。実家は弟が結婚して所帯を持ち、出戻り娘には居心地がよくない。そんな中、夜の10時過ぎに奇妙な文面のメールが届く。初めは夫からと勘違いしていたが、仏壇から取り出した重箱から手紙の束を見つけ、そうではないとわかってくる。かつて自分も中学時代の同級生だった夫と文通していたが、そんな自分たちの昔の手紙と祖父母の間の古い手紙が物語を彩る・・・

 「空は今日もスカイ」は小学校3年生の茜の物語。茜は英語を習っていて、目につくものの名前を英語で言いながら家出の道を歩いている。道中神社で男の子と出会い、行動を共にする。海を目指して。どうやら母親はダメな夫に愛想を尽かして実家に戻ったらしいが、そこも母娘にとって居心地の良い場所ではなかったよう。そして海に出た茜と男の子は、暗くなった海岸で途方にくれる・・・

 「時のない時計」は、父の形見としてもらった腕時計を修理するために古い時計店を訪れた息子の話。他の店では部品がないからと断られてしまっていたが、偶然入った昔ながらの古い時計店の主人はいとも簡単に修理に取り掛かる。店内に飾られた時計の数々。修理の合間に店主がそれぞれの時計に込められた思い出を語っていく・・・

 「成人式」は、娘を15で無くした夫婦の話。娘が死んで5年、生きていれば成人式という年。2人とも死んだ子供の年を数えて生きている。そんな夫婦の元に、成人式の着物の案内が届く。さらに悲しみが深まる妻に、夫は娘の代わりに2人で成人式に出ようと提案する。半分冗談のつもりだったが、その気になった妻は準備を始める・・・

 どれもこれも読後にじんわりと胸に沁みるものがある。少し優しい気持ちになれる物語が並ぶ。あまり数多く読んでいるわけではないが、ここまで読んで来た中から判断すると、著者の作品にはどれもそういう味わいがあるように思える。主人公が大人の男であったり女であったり子供であったりするが、どれもそれぞれの立場からの味わいがある。ほっとしたい時に読むといいような気がする作家である。

 また次も、そんな気分になりたい時に手にしたいと思える一冊である・・・




posted by HH at 00:00| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする